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2012年11月

2012年11月30日 (金)

室欄・白滝記その20~室蘭フードファイト戦記③~

1.2キロハンバーグに破れた後輩は地獄ラーメン10丁目を撃破している。

そして私は彼の21歳の誕生日(つまりハンバーグに完敗した日)の夜に、500円(10丁目相当)をカンパしてあげた。

こやつは年齢丁目=21丁目に挑んだ。

まずサービスで牛乳が出てきた。

胃に粘液を作れとのこと。

そして、製作現場、おやじさんはスープを泡だて器でかき混ぜています。

出てきたものを見て驚愕。

麺がスープの上に乗っている!!

ていうか、もうスープじゃねぇ!粘土です。

おまけにこの後輩の食べ方が汚い。傍目には粘土遊びにしか見えない。

結局、こいつはまたもや敗れ、ファイターを引退した。

チャンピオン悲話。

当時の最高記録は35丁目。このチャンプは2年ほど君臨していたが、とうとう1丁目差で小樽のチャレンジャーに破れてしまう。

ところが…翌日には40丁目でさらに記録が更新されてしまっただ。

かわいそうなのは小樽の幻のチャンピオンで、おそらく地元で自慢をしていた頃にはすでにベルトを剥奪されたと思われる。

ていうか、40丁目ってどんな世界だよ。

その6・・・シーハイル(幌別駅周辺)「ポパイチョコブルーベリーパフェ」

デザート。もう名前が素晴らしい。

一応言っときますが、ほうれん草は入ってません。

我々はこれを略してPCBPと呼んでいた。なんか危ないクスリみたいだ。

ここはレトロな雰囲気の喫茶店。

テーブルはアーケード台で、ママさんは品物を出す時に必ず

「はい、おいしいとこ♪」と言って出してくるし、

お釣りは必ず「はい、○百万円♪」とくる。

雰囲気を味わうだけでもいい。

パフェはおやつとしてなら普通においしい。

フードファイト後のデザートとなると難易度はもちろん上がるけど。

でも、アスコットのページを見るとジャンボメニュー+ジャンボパフェって人結構いるみたいだな。

フードファイト界恐るべし。

室欄・白滝記その19~室蘭フードファイト戦記②~

その4・・・アスコット(大学の近く)「ジャンボハンバーグ」

ジャンボメニューが豊富でテレビの取材を何度も受けているお店。

が、ここは普通においしい洋食屋さん。

ジャンボはシェフの趣味だと思われる。

代表格がハンバーグで最大1.2キロ。

が、これはハンバーグのみの重量。

この他にライスと付け合せのポテト、ブロッコリー(これを我々は親衛隊と呼ぶ)がついてくる。

おまけに親衛隊はハンバーグの量に比例して増えてくるため、総量はなんと2キロに。

私は900グラムに挑戦して、なんとか完食したが、食後にサービスでジュースが出てきてきつかった。

あれはサービスではない。とどめだ。

詳しくはアスコットHPhttp://www.ascotweb.com/index.htmlにて。

私の写真もある。

裏メニューの「大人ランチ(ジャンボお子様ランチ)」が素敵過ぎる。

1.2キロは後輩の21歳の誕生日祝いにおごってあげた。

彼もまた名ファイターだったが、あえなく敗れてしまった。

その後輩のフードファイトに終止符を打ったのが・・・

その5・・・味の大王(登別温泉街)「地獄ラーメン」

締めのラーメン目当ての客をターゲットにしているために、営業時間が遅いラーメン屋。

ここに「地獄ラーメン」と言うピリ辛ラーメンがあるが、50円増しで小さじ山盛り一杯の唐辛子が投入されていく。

唐辛子一杯を「地獄の一丁目」と呼び、10丁目以上を完食すると店内に記録される。

唐辛子が追加されるごとにスープは粉っぽくなっていき、10丁目になるともうペースト状。

私も挑戦したが、もう辛いのを通り越して痛くて痛くて…麺だけ何とか食べた(スープも食べなければ完食にならない)。

ちなみに完食すると翌日の便通が痛いらしい。

室欄・白滝記その18 ~室蘭フードファイト戦記①~

その1…ユートピア食堂(寮の近く)と来夢館(大学の近く)

ユートピア食堂の理念はおそらく

「金のない学生に腹いっぱい食べてもらう。その際クオリティは問わない。」

だと思われる。

何を注文しても店内にレンジの音が響き渡る。

私は2回しか行かなかったが、そのうちの一回はコロッケ定食を頼んだ。

しかし、餃子、玉子焼き、冷奴などなどが一緒に出てきて、傍目には何定食かわからない。

コロッケは冷凍食品と思わしきものが二つ出ただけだった。

もちろんレンジで調理したものだ。

まあ、ここはただ量が多いだけで、別にファイトって程でもない。

安くたくさん食べたい学生向け。

来夢館はカレーとピラフの大盛りがすごかった。でもまだ食える。

その2…かもめ食堂「ファイティングライス」

ファイティングライス・・・カレーチャーハンの上にカレーがかかっているカレー好きにはたまらない一品(?)である。

おまけに上にはトンカツかエビフライが乗る。

もちろん我々が頼むのは大盛りだ。

お察しの通りくどい。

だが、量はまださほどでもなく、ファイター達の登竜門に過ぎない。

その3・・・ソーダ食堂(登別)

この店には通常の3人前となるジャンボシリーズがある。

焼きそば、チャーハン、カレーとあるが、明らかに格が違うのはカツ丼。

大きなどんぶりの上に盛り上がるカツの卵とじ。

若干甘口なのが、ジャンボになると辛い。

そして最後は必ず卵丼になる。

ここでフードファイトの注意事項。

運動中にフードファイトをしてはいけない(当たり前だ!!)。

しかし、私は寮のイベントでウォークラリー中にやってしまった。

食べたのは伊達にあった食堂のジャンボチキンカツカレーで、食べるだけなら特に問題はなかったが、それから室蘭まで歩いて帰らなければならない。

だんだん気分が悪くなってきた。やはり食後は安静が一番である。

おまけに地理に疎い私は無駄な丘越えを23つ敢行したため、体調は最悪になった。

2012年11月27日 (火)

室欄・白滝記その17~京極~

京極という行事があった。

これは京極の「ふきだし公園」のおいしい湧き水を汲みに行くという行事なのだが、水を入れる容器を持っていかない。

仕方が無いので、近くのコンビニで1.5ℓペットボトルのジュースを買い、それを水を汲む直前に各自一気に飲み干すのである。

何で、わざわざそんな真似をせねばならんのか。

また、元がジュースなので、その風味がかすかに水にもうつったりして本末転倒である。

それでも、持って帰ってカレーを作ってみんなで食べたりした。

必ず炭酸飲料に挑戦するやつがいるが、最終的にそいつ自身が「ふきだし公園」になってしまうのは言わずもがなである。

京極は当時の年間行事の一つであったが、車所有者が少なくなって自然となくなったと聞く。

他にも私は先輩に連れて行ってもらったり、自分で探したりしてフードファイトをしていた。

その記録を次回から残しておくので、皆さんも室蘭にお越しの際は挑戦してみてください。

室欄・白滝記その16~合宿事件簿~

色々やらかしました。思いつくままに。

新渡戸真っ二つ事件・・・私の同期に小悪魔的な男がいた。

見た目はおとなしいのだが、やんちゃないたずらが大好きである。

こやつが先輩の五千円札を酔った勢いで真っ二つに引き裂いた。

…こいつのことだから酔ったふりだったのかも知れない。

また、この先輩はこの夜、危なくあびせ蹴りを顔面にくらいそうになったりもした。

するめさん太郎酒事件・・・駄菓子に「するめさん太郎」だとかありますよね。

鱈の乾きもんに化学調味料で色々味付けしてるやつ。

わさび太郎とかもあった気がする。

それを日本酒に漬け込んでおくのだ。

すると、するめさん太郎のだしがだんだん出てきて…とても飲めたもんじゃない。

なのになぜ毎回その酒を作るんだ、いい加減にしろ!!

大往生・大往生事件・・・「大往生」というゲームを持ち込んで遊んでいたが、誰かがそのゲームにゲロを吐いて大往生させた。

ケツ押し当て事件・・・全裸になった私が後輩の顔にケツを押し付けたというのだが、私は覚えていない。

アンクルロック事件・・・私が酔っ払って後輩に足関節技をかけた。翌日、後輩はびっこを引いていた。ちょっとだけ反省した。

キン骨マン事件・・・先輩が寝てしまったので、私がその額に「骨」と書いた。

その後、先輩が目覚めたので、落書きのことは黙っておいて一緒にコンビニへ出かけた。

とても書ききれないや。

2012年11月26日 (月)

室欄・白滝記その15~合気道部の行事②~

納会は幹部交代だ。

鏡開きではお汁粉を作り、カルタなどをする。

そして新年会はボーリングとしゃぶしゃぶと決まっていた。

追いコン・・・通常は「追い出しコンパ」、つまり卒業生の送別会の略なのだが、合気道部ではコンパの前に「追い出しコンバット」(後輩が命名)という稽古が発生する。

卒業生に各学年ごと全員でかかっていくかかり稽古である。

1年生は何も知らないので、遠慮しながらかかっていく。

普通に受身も取るし、この段階では普段のかかり稽古とあまり変わりない。

が、あとの学年はいっせいに掴みかかって行って、なぜか道着を脱がせたりする。

やられる方はとにかく袴のひもをしっかり結んでおく必要がある。

でも最終的にはもみくちゃにされる。

女子部員もいたが、どういう結末を迎えたかは覚えていない。

皆さんの期待する展開にはなってないと思う。

関東遠征については後述する。

合宿は合宿所という施設に皆で泊まりこんで、朝稽古したり、集中的に稽古するのだが、合宿所ではゲームやったり、飲んだりして遊んでいるだけであった。

合宿で起こったあれやこれやは次回に譲ることにしよう。

室欄・白滝記その14~合気道部の行事①~

話を合気道部に戻す。

合気道部にも色々な行事があって、先に紹介した新歓コンパや夏合宿の他にジンカン、工大祭演武、北大との交流会、納会、鏡開き、新年会、追いコン、関東遠征、京極、合宿など。

ジンカンはジンギスカンパーティーだ。

丘の上の公園でジンギスカンを食べるのだが、その前になぜかソフトボールの試合で親睦を深める。

一通り食べ終わると、「受け身の練習」というのが始まる。

丘の上から1年生をやぶの中に転がすのだ。

楽しかったが、ちょうど寮祭(赤フン)の時期に重なったりして1回しか参加していない。

工大祭演武は大学祭でひっそりと演武をする。

キャンパスから少し離れた武道場でやるため、誰も見に来ない。でもやる。

1年生はここでも「ハーフタイムショー」という芸をやらされる。

私が1年生の時は20周年記念と言うこともあって、OBたちも集まった。OBの前で芸を披露する羽目になった。

また、この工大祭から「合気道漫才」、さらには「合気道落語」が誕生するのだが、それはまだ後の話。

北大との交流会はあまり覚えてない。

ただ、なぜか北大にはライバル意識を持っていて、交流会が近づくと

「北大の関節技でまいったするんじゃねぇ!!逆にまいったさせてやれ!!

と関節技の稽古に熱が入ったりした。あまり合気道的ではない。

2012年11月23日 (金)

室欄・白滝記その13~赤フン行列~

連日の総練習とフロア歌練で声はガラガラ、決して楽なものではないがそれだけに達成感のある歌練。

この歌練をやりぬいて1年生は初めて真の寮生と認められる。

そしてお待ちかねの赤フン行列だ。

会場となる商店街「シャンシャン共和国」に向かう前に各フロアで飲み始め、移動のバスへ乗り込む。

バスはもちろん貸切で、車内はもちろん全て新聞紙で覆われている(よく貸してくれたなー)。

そうして赤フン一丁の酔っ払いの集団がシャンシャン共和国に集合したところで、まずはカッパ隊なる連中が踊りを披露する。

カッパ隊・・・酔っ払いたちの介抱役に回るシラフのかわいそうな1年生達である。なぜか全身に緑のボディーペインティングをほどこし、皿とくちばしと甲羅をつけてカッパの格好をする。ちなみに彼らは白フンである。

さらにはメスガッパとオスガッパが一人づつ。

メスはピンク色でオスは黒。しかもオスの甲羅はトゲ付きだ。

カッパの踊りはなぜか「黄桜、黄桜、おいしいお酒」と歌う。

最終的にメスがオスに背後から犯されるという謎の踊りである。

それから大山車の上に長が登場。

「エール」なるものを叫び、寮歌の代表歌「北斗の光」を大合唱。

「エール」

星霜去りて幾春秋 この寮舎に集う若者は変わるとも 

久遠に変わらぬ明徳の誠とその伝統 友よいざ歌え高らかに我らが寮歌

君の内なる青春の琴線を奏でよ 全ては若きシューレルとしての感激に帰納されるのだ

「北斗の光」

1.北斗の光かすかなる 春猶(なお)浅き蘭岳の

麓をめぐるこだまこそ 我が明徳の健児等が

若き血潮にたぎり立つ 歌宴(うたげ)の時の声なれや

そして、山車を担いで進んでは止まって歌い、歌っては進んで行く。

室欄・白滝記その12~リーダー長~

さて、一般のリーダー達が入場し終わると、次はリーダー三役の登場だ。

正面に表彰台みたいなものがすえられており、左右にサブリーダー長(通帳サブリー)、中央にリーダー長が立つ。

リーダー長を初めて見たときもびっくりした。

リーダー長は一年間、髪とひげを伸ばしっぱなしなのである。

しかも私が1年生のときの長は大柄な人だったので、まさに寮を仕切っている番長、「魁!男塾」で言うと大豪院邪鬼の風格である。

長だけは柔道着ではなく、黒っぽい着物に羽織と袴。縄のような物を首から下げ、頭には学帽。そして手には木刀を持っている。

この木刀で1年生たちをしごく・・・のではなく、実はこの木刀こそが寮歌を歌うときの指揮棒になるのである。

長は何もしゃべらない。横のサブリーが何を練習するか発表し、「行くぞ」とか「歌うぞ」「決めるぞ!」と掛け声をかけると、ゆっくりと足を広げて指揮を取る体勢を取り、歌のタイトルを絶叫する。

「こぉーーーりょぉーーーッ 北州ゥーーーーーーッ!!!」(荒涼北州という歌の名だ)

「お―――――――――――――――――――――――――――っ!!」(一年生の掛け声)

「アイ――――――ン!ツヴァ――――――イ!!ドライ!!!」(なぜかドイツ語である)

そして、上下左右に振る木刀にあわせて全員が大合唱するのである。

「荒涼北州」

1.荒涼北州秋たけて 蒼ぼう別けしその日より

生誕ここに幾歳(いくとせ)と 健児謳はん(うたわん)記念祭

これを非常にゆっくり歌う。このたった2行の歌で1分近くかかる。

2012年11月22日 (木)

室欄・白滝記その11~ストームリーダー~

歌練に話を戻す。

まず1年生は手本のテープを渡され、ある程度予習をする。

しかし、寮歌は低音でゆっくり歌うので、どれを聞いても同じに聞こえ、予習しても全然覚えられなかった。

それから各フロアで毎晩フロア歌練、全員で総練習を1週間ばかり。

当然教える人間がいるわけで、歌を指導する連中を「ストームリーダー」と称する。

通称「リーダー」。リーダー↓と語尾が下がるアクセントだ。

リーダーの格好は合気道部と変わらない。

上は柔道着、下は袴。ただし、3年生は羽織も着用。

ある日、廊下を歩いていると、このリーダーに出くわしてびっくりした。

リーダーは腕組みをしたまま、険しい表情でゆっくり、ゆっくり歩く。

リーダーはリーダーで集まって練習をするので、1ヶ所に集まるのだ。

総練習が始まると、1年生は食堂に全員集合。気をつけのままリーダーが来るのを待つ。

そこにリーダーが次々と入場し、一言づつ何か言うのだが、1年生は「押忍」としか答えてはいけない。

その返事も息が続く限り伸ばすのでこんな感じ。

「お前らーッ!!ちゃんと練習してきたんだろうなーッ!!

「お―――――――――――――――――――――――――――っ(す)!!

「間違えたら承知しねえからなーっ!!

「お―――――――――――――――――――――――――――っ!!

練習の途中でダメ出しされても返事は「押忍」だ。

「お前ら、やる気ないだろ!!

「お―――――――――――――――――――――――――――っ!!

「若者よ」

若者よ身体(からだ)をきたえておけ 美しい心がたくましい身体に

からくも支えられる日は いつかは来る

その日のために 身体をきたえておけ 若者よ

(繰り返し)

2012年11月21日 (水)

室欄・白滝記その10~寮の酒~

とにかく、寮生活は飲まねば始まらない。一昔前よりはいくらか飲まなくなったようだが、飲むときは飲む。そして吐く。記憶が飛ぶ。

飲み会の前には1年生のベッドメークが必要だ。

新聞紙を敷き詰めて、枕元には洗面器。もちろん寝ゲロ対策である。

ちなみに酔っ払いを寝せる時には仰向けはいけない。寝ゲロで窒息することがあるからだ。

「夜襲」と言って、酔っ払いが夜中、部屋に乱入してくることもある。

夜襲を受けた者は寝起きで飲まされたりする。これはきつい。

最初はおとなしく飲んでいても、最終的には「自己紹介」が始まる。

寮生は「自己紹介」が大好きだ。私も大好きだ。

当然それだけ一気飲みをする。きれいに記憶が飛ぶ。単位も飛んで行く。

「追いはぎ」が出ることもあった。

要するに、飲んで脱いじゃう行為の事なのだが、建て前として「追いはぎにあった。抵抗したけど、酔っていたのでかなわなかった」ということであった。

追いはぎが出ると、その場にいる全員脱がされる。誰も追いはぎには勝てない。

仕方が無いので、ビニール袋やサランラップ、トイレットペーパーの芯をあてがうなどして、大事なところだけは隠した。

「寮生小唄」

1.いやじゃありませんか寮生は カネの茶碗に竹のはし

仏様でもあるまいに 一ぜんメシとは情けなや

4.僕の腕にしがみつき いっちゃいやいやはなさない

わかっておくれよ娘さん 明徳寮生の進む道

これ、「軍隊小唄」という軍歌の替え歌ね。

じゃがいも研修旅行

白滝のじゃがいも農家さん達と札幌へ1泊2日の研修旅行へ行ってきた。

農薬会社や市場など色々見たが、一番私にとって研修になったのは1日目のすすきのの夜であった。

1次会。「じゃがいも倉庫」という店でじゃがいも料理を食す。

おいしいのだが、普段食べてる白滝のいもに比べると、とてもとても・・・であった。

でも、じゃがいもの浅漬けというのが出て、これは面白い食感だった。

塩水であく抜きしたいもを浅漬けにする。今度作ってみよう。

2次会。初めてキャバレーなるところへ行く。

広いところで、映画やドラマみたいであった。

が、眠気と吐き気がピークに達したりしてそんなに面白くなかった。

3次会。5名くらいでスナックへ。

私は普段女の子のいる店へ行かない。

人見知りするので、何を話していいかわからないし、気の合う人と飲んでるほうがいい。

しかし、一緒に行った人がテンション上がりすぎて、こっちもテンションがあがる。

女の子の声がかわいいと、キャーキャーはしゃぐ(男はホントバカだなぁ)。

しかし、最終的になぜか真面目な話をしてたりした。

「何のために子供は生まれてくるのか」「胎内記憶について」云々。もはやじゃがいもは関係ない。

私がすすきので初めてそれらしく過ごした夜だった。

翌日はモリタンという会社の岩見沢の工場へ。白滝じゃがを原料にコロッケを作っている。

この会社の製品は主に業務用卸売りが多いようで、モリタンという名を聞いたことはなかったが、道産食材にこだわったりと、とてもいい会社だった。

社長さんのお話で気になったのは・・・

震災後、惣菜や加工品が売れ、生野菜が売れなくなって来ているとのこと。

被災者は余震を恐れて台所に立たず、それ以外の地域では節電で暑い中、台所に立つのを嫌がって惣菜に頼るのだと言う。

モリタンさんのようにがんばっている企業もあるし、たまにはお惣菜もいいけれど・・・

やはり人の手を通してこそ、食べ物本来の力が引き出され、食べる者に感謝の心が芽生えるのではないかと思う。

2012年11月19日 (月)

室欄・白滝記その9~歌練と赤フン行列~

寮生だった私は2ヶ月くらい稽古に参加できない時期があった。

それは寮のある行事のためである。

赤フン行列・・・赤いフンドシ一丁で山車を担ぎながら、シャンシャン共和国という商店街を練り歩く行事である。しかも寮歌を歌いながら―。

というわけで、この寮歌なるものを覚えなくてはいけない。

そのための練習が「歌練」で、毎晩行われるため、この間1年生のサークル、バイトは一切禁止となる。

何しろこの寮歌、全部で14曲もある。おまけに赤フン行列中は酒が入るため、酔っ払っても歌えるようにとひたすら練習するのである。

もっとも連日連夜の練習で、本番当日は喉が枯れて声が出なかったりするのだが・・・それじゃダメじゃん!歌練期間中はのど飴が必須アイテムとなる。

歌の中にはまさに「寮歌」と言った内容のものもあれば、軍歌の替え歌や振り付け入りの歌もあったり、なぜか「月光仮面」の歌があったりとバリエーションも多彩であった。

その中で私がもっとも衝撃を受けた歌を紹介しておく。

「決断」

1.飲むか 飲まぬか もどすか 飲むか ここが覚悟の決め所

 飲むも飲まぬも決断一つ 弱気おこすな泣き事言うな

 男涙は見せぬもの

2.辛い時には相手も辛い つぐかつがれるか腹一つ

飲むも飲まぬも一緒じゃないか 一度決めたら二の足踏むな

俺も飲むから君も飲め

何でそこまでして飲まなきゃならんのだ!!とつっこみたくもなるが、これが寮生の生き様なのだと当時の私は薫陶を受けたのでした。

ちなみにこの歌は「決断」というアニメの主題歌の替え歌らしい。

室欄・白滝記その8~夏合宿~

意外に思われる方もあろうが、私は最初から合気道が好きだったわけではない。

なんだかよくわからないけど、稽古には参加していた。

最近の学生はなんだかわからないくらいなら稽古に行かない傾向にあるらしいが、

ある日突然面白くなってくるものだから、行ったほうがいいよ。

私の場合はそれが1年生の夏合宿の後だった。

と言っても、夏合宿自体にはあまり思い出がなかったりして…。

1年目は静内。稽古のことは覚えていない。

稽古後、当時の主将と道の駅スタンプラリーに行き、深夜のドライブで助手席の私と運転席の主将の二人とも寝てしまったことだけ覚えている。

我に返ってから寄ったコンビニでは二人とも缶コーヒーを買った。

2年目は

仁木町
。一番暑いときにぶつかり、膝行をやったら膝の皮がふやけてべろりと剥けた。

夢中になって稽古しているうちにぶっ倒れてしまい、悔しくて泣いたりもした。

3年目は八雲。幹部であったのにもかかわらず、ほとんど主将任せだったためか、全然覚えてない。後で主将に怒られた。

4年目は白滝。この合宿については後述する。

5年目は覚えてないから、多分不参加だろう。このときはもう学生じゃなかったしね。

室欄・白滝記その7~六大祭~

合気道部の前期のビッグイベントに「全道学生合気道演武大会」なるものがある。

もっとも、こんな正式名称があるとは知らなかった。当時は6大学が参加していたので、通称「六大祭」と呼んだ。

参加校は室工大、北大、小樽商科大、旭川医大、東京農大、北見工大の「合気道部」ということだが、実際は室工大と北大の他は大東流だった。

北大からは武田流中村派合気柔術なるサークルも参加していた。

当時は大東流も合気道の流派だと思っていたので、「同じ合気道でもずいぶん違うなぁ」と思ってみていた。

それよりも楽しみは懇親会のほうで、何しろ他大学の女子と交流できるのだ。

といっても、あまりいい思いをした奴もいないのだが。

他にも学生ならではの企画が色々あった。

まずは膝行リレー。膝行でリレーをする。(膝行とは座ったまま膝で歩くことで、合気道には座り技と言うのがある。)

我々の一つ上の先輩はこの膝行リレーが得意で、膝行の駆け足も教わったが、ギリギリ膝行と呼べそうな小走りみたいなものだった。

それからポン酒リレー。日本酒一升瓶を5人くらいで回し飲んで、その速さを競う。実にくだらない。

ただし、1年生のときは会場がホテルだったため、丁重にお断りされ、代わりに青汁リレーとなった。薄めすぎて味があまりしなかった。

回しながら渦を作って飲むのが早飲みの秘訣だそうだ。

後は1年生による団体芸。すべると主将が瓶ビール一気飲みさせられるので、がんばった。

火芸と食い芸は禁止されていたが、毎年必ずわさびの一気食いとかやる奴がいて困る。

2012年11月17日 (土)

室欄・白滝記その6~新歓コンパ②~

寮では新入生が入ってくると、新歓コンパの当日まで連日飲む。

新歓コンパは入学式の前夜に行われる。

新歓コンパでは新入生は自己紹介しながら全寮を回る。

もちろん酒を飲む自己紹介のほうだ。

新歓コンパ当日に入寮すると、練習の時点で飲まされるのでハンディ戦となる。

寮は全部で18ブロックに分かれている。そこを回るので単純計算で17杯(自分のブロック除く)は一気飲みしなくてはならない。

しかし、ことはそう単純ではなく、回った先に出身地が同じ人がいたりすると、「おお、君も〇〇出身か!!」ともう一杯飲まされたりする。

また、自己紹介の出来が悪いとやり直しである。下手すると1ブロックで5,6杯飲まされるケースも出てくる。

中には新入生用の酒をポリタンクに用意しておき、灯油ポンプで酒を注ぐなんて準備万端なところもあった。

この時期、寮の近辺では何台救急車が来るか数えるのが風物詩であったというが、今考えると各方面に相当ご迷惑な話である。

私はなにせ室蘭に来てからが酒を飲むのが初めてだったし、4分の1も回れずに終了した。

うちのブロックでは一人だけ全寮制覇した奴がいたが、そいつは翌日先輩方に手伝ってもらってスーツを着、赤い顔のまま入学式に出席した。

そして入学式で数少ない女子をナンパして、いきなり彼女をゲットした。

室欄・白滝記その5~新歓コンパ①~

合気道部の新歓コンパは新入部員が芸をやらされる。

私は勢いで乗り切った。内容はひどいもんであった。

もっとも、この新歓コンパでまともなものを披露できる奴はいない。

私が室蘭にいた5年間で印象に残っているのは、後にも先にも1つ下の後輩がやった「山海塾」という芸だけだ。

全身を白く塗り、奇声を発しながら、ゆっくり踊る(?)。

調べてみたら、「山海塾」とは1975年設立の舞踏集団だとか。

この野郎はこの芸のために、居酒屋の中でボディーペインティングをしやがった。

一方、寮の方の新歓コンパというともっと壮絶である。

まず新寮生は「自己紹介」と言うものを教わる。

これは室工大に伝統的に受け継がれてきた風習であり、注がれた酒を一気に飲み干して大声で自己紹介をするというものである。

私は大学で初めて酒を飲んだので一気飲みが単純に怖かった。

もっとも、当時飲んでいたのは焼酎の水割りで、そんなもんで死ぬ奴ぁいねぇ!!となるのも時間の問題であったが。

で、みんなで飲んでいると、外からかすかに奇声が聞こえてくるのだ。

それを聞いて「うちもそろそろやろうか」と先輩。

まず先輩がお手本を示してくれたのだが、「うおっ、うおっ、ウォーーー!!!」としか聞こえない。何言ってるのかさっぱりわからない。

聞けば、出身校、学年、部屋番号と所属サークル、名前を叫んでいるとのことだった。

こんなもんやってられるか!…とは思わなかった。大学生は酒飲んでバカやるもんだと聞かされていたからである。

むしろ私の好きな分野であった。

室欄・白滝記その4~明徳寮~

私にとって大学とは合気道部と寮生活のことであった。

だから寮のことにも触れておこうか。

実際、私が大学で学んだことはあまりない。大学というところへ行ったという社会見学が第一か。

ためになった授業は「ポップス英語演習」という、ポップスを聞きながら英語を学ぼうという遊びみたいな講義だけで、おかげで洋楽も聞くようになりました。

学科は電気電子工学科だったが、電気に関する知識は皆無である。

電気は流れるのが速いってことは知ってる。それでオリンピックのボルトも速かった。(←それ以前にボルトは電圧だ)

電気に触ると感電するということは、白滝に来てから電気鹿柵に触れて学習した。

アンペアとかオームくらいは単語だけなら知ってる。オームの法則とか。

「ありがとう」って言うと「ありがとう」って言う、「バカ」っていうと「バカ」って言う。

こだまでしょうか、いいえオウムの法則ですってやつだ。

寮の話でした。室蘭工業大学「明徳寮」。もちろん男子寮だ(涙)。

寮にも合気道部にも共通する一発目の行事が新歓コンパ。新入生歓迎コンパの略ですね。

ただ、その内容が全然違った。

両方とも酒を飲むってところはおんなじ。酒は寮で覚えました。

他に覚えたことは大声の出し方、麻雀、アニメソング…。

特にタイムボカンシリーズなんぞは…って何の話だ。

室欄・白滝記その3~戸田先生~

室工大合気道部の先生は戸田実・五段(当時)

先生が最初に我々に教えてくれたのは「折れない腕」だった。

これは開祖の高弟・藤平光一先生の指導されていたもので、腕に気を通わせ、ひじを押されても曲がらなくなるというもの。

私の同期たちはみな、この折れない腕と戸田先生の演武に魅了されて入部した。

我々はこれを「戸田さんマジック」と呼んだ。

戸田先生は学生に自分のことを「先生」と呼ばせない。「戸田さん」である。

その影響で我々は合気道の先生はさんづけで呼ぶものだとずっと勘違いしていた。

OBでもいまだに「藤井さん」とか「

市村

さん」とか「象谷さん」呼ばわりする人が多かったりして(それぞれ札幌、苫小牧、千歳の先生。皆さん6段以上)、これはよくない傾向なんだけど・・・。

しかし、戸田先生はとにかく技の研究をされる方で、指導中でものってくると「多田先生はこうやるが、斉藤先生はこうで西尾先生は・・・」と始まる。

そんなマニアックなこといわれても学生にはわかりません。

現に当時の先輩には「天地投げは胡散臭い」という人もあれば、

「合気道はパワーだ!!」と言い切った先輩もいた。

当時の合気道部はそんなもんでした。

室欄・白滝記その1、その2

合気道を始めて10年以上が経過。ちょいと、ここらで過去を振り返ってみたりしよう。

私の合気道史は大きく分けて、室蘭時代と白滝時代とに分かれる。

室蘭時代についての欄が「室欄」で、白滝時代の記が「白滝記」。

まずは室欄なのだが、その1とその2は以前に書いてそれっきりになったものの再アップなので、見たことのある人もいると思う。

その1~出会い~

私と合気道との出会いは高校時代までさかのぼる。

友人が合気道なるものに興味を覚え、本を購入したのだ。

当時の彼のマイブームは「格闘技」であった。

当の本人はとても闘えぬくらい痩せていた。

当時の友人の興味の対象ベスト3は

ブルース・リー!! ケルナグール!! そして合気道!!

うーん、この3つを「格闘技」というジャンルで一くくりにしていいのか?(ケルナグールはファミコンゲームです)

当時の私は柔道部。その道場へ友人がやってきた。合気道の技を試してみたいという。

「まず、後ろから俺の肩をつかんでみてくれ」

「何で?」

「いいからやってくれ」

友人は本を見ながらあーでもない、こーでもないと私に技をかけようとした。

あまりにとろくさいので・・・

逆に投げてやった。

これが私と合気道の出会いである。その後、この友人と室工大合気道部に入部することになる。

その2~入部~

私は室蘭工業大学に入学した。

もちろんバリバリの理系工業大学である。

入学してから気がついたが、私は工業は嫌いである。

もし大学から人生やり直せるなら、絶対行かない。女の子もいないし。

合気道部の見学へ行ったが、なんだかよくわからない。特に入身投げ。

なぜあんなにぐるぐる回すのだ。とっとと投げろよ!!

と、柔道部出身の私は思っていた。

よくわからんけど入部した。

合気道の技を覚えて、いつか柔道にカムバックする予定であった。

全部で8人入部し、4人がやめた。辞めた奴の顔は思い出せない。

残った部員の中に一人だけ女子がいた。

今思い返すと、これは奇跡的なことである。

それくらい、とにかく工大には女子がいない。

学科によっては100人中10人くらいいることもあるが、私の学科は3人だった。

「でもお前らはまだいいよ」と、同じ学科の先輩は言った。

「俺らの代は1人しかいないんだぞ。しかもその一人は留学生のインドネシア人だ」

先輩は遠い目をしていた・・・。

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