無料ブログはココログ

« 2012年11月 | トップページ | 2013年1月 »

2012年12月

2012年12月24日 (月)

室欄・白滝記その24~同期の仲間たち~

我々が幹部になるときが来た。

通常は現幹部が新幹部の人選をするのだが、ヒロ氏は我々のことをとても信頼してくれていて、

「お前らの好きにしろ。俺はそれに従う」とのことだった。

我々の代は全部で4人。

私と一緒に入部した同級生のコーヂ。体の動きを研究しながら稽古していた。

小悪魔のタケ。見た目は一番おとなしいが、やることは一番大胆だ。

合気道部のほかに無線部と自動車部にも所属しており、ゲーム機を水洗いしたり、冬のパチンコ屋の駐車場でよくドリフトをしていた。

そして紅一点のアネゴ。年が一つ上だったのと、酒の強さやその性格からこのあだ名がついた。

私の大学時代、唯一接することのできた女子であった(涙)。

4人で協議した結果、主将は私かアネゴかということになった。

後はヒロ氏に決めてもらおうと、私はヒロ氏宅へ報告に行った。

「俺もどっちでもいいんだけどなぁ…でも、もし戸田さんの受けを女の子が取ることになったら、戸田さんの技がどう変わるか見てみたいなぁ。」

ということで、合気道部初の女性主将が誕生したのでした。

私の役職は主務になった。

各行事の幹事、外部連絡が主な仕事なのだが、私は稽古は熱心にやっていたが、部を運営すると言うことに関してはわりと無頓着で、主将にずいぶん迷惑かけました。

「あたしが一人でどれだけ大変だったか!

後で怒られたけど、そのつけは白滝時代に回ってきて、毎回の稽古が主将状態になったりして、あとでその大変さをしみじみ実感したのでした。

室欄・白滝記その23~片手の演武~

大学の間はお休みしようと思っていた柔道だったが、2年生のある期間、私は柔道部の稽古にお邪魔させていただいていた。

2度ほど隅落としという合気道の技がきれいに決まったことがあった。

投げられた相手はなぜやられたのかわからない様子だった。

しかし、実際には学生時代の私はまだガチガチの固い動きで、柔道もパワー柔道であった。

そして相手に投げられまいと必死に踏ん張っていたところを、無理矢理投げられ、左肩から落ちて片腕が使えなくなった。

実は高校時代の最後の試合も、踏ん張った末に足を折られて怪我している。

投げられるとそこで終わりの柔道ではこうした怪我につながる。

私が合気道の受け身を研究するきっかけになった出来事だった。

で、片腕が使えなくなった私だが、合気道の稽古は続けていた。

「戸田さん、片腕のときはどうすればいいですか?

「片腕しか使えないときはな、受けと攻めを同時に片腕でやらなくちゃいけないんだ。例えば、相手の腕を押さえるときには片手で中心を捕らえてこう入るんだ!

戸田先生はどんな質問にも答えてくれる。

その秋に苫小牧で行われた演武会で私は片腕を吊りながらの演武を行った。

2012年12月18日 (火)

室欄・白滝記その22~ヒロ氏②~

ヒロ氏以前の先輩は幹部を引退すると稽古にあまり来なくなった。

だが、ヒロ氏は「それはおかしい」と引退してからも稽古は欠かさなかったし、何より主将時代から稽古にのめりこんでいた。

常にレポートとバイトに追われていた方だったが、稽古と飲み会はほとんど欠席しなかった。

腰を痛めて稽古ができなくなっても、欠かさずに見学に来た。

そして稽古が終わると我先にと戸田先生の元へ駆けて行き、そしてまた投げられるのである。

二人で色々と研究しながら稽古をした。

打撃のスパーリングに付き合わされたこともあった。

また、戸田先生に目の使い方を教わると毎日その訓練をして視野を広げた。

この方は前を向きながらにして斜め後方まで見渡すことができる。

後ろからいたずらしようとしても察知される。

同期がパチスロにはまって稽古に来なくなると、その心情を理解しようと何キロも離れたパチンコ屋に歩いて通っていたこともあった。

ヒロ氏が主将になって始めたことの一つに日曜日の自主稽古日がある。

この日曜日の稽古は自由参加で参加者はいつも2,3人という状況だったが、その分内容の濃い稽古になった。

ヒロ氏は私のひそかなライバルであり、憧れであった。

私の合気道の基礎を築いた人物の一人である。

室欄・白滝記その21~ヒロ氏①~

合気道部では1011月の間に幹部交代する。

私の一つ上の代が幹部となった。主将はヒロ氏といった。

ヒロ氏の代は戸田先生の末娘「なっちゃん」(当時小5)のよき遊び相手であった。

この代はどことなくキツネ顔の方が多く、なっちゃんに「フォックスぎつね」というあだ名をつけられていた。

フォックスぎつねのうちの2匹が主将、副将となり、後のメンバーはそのうち稽古に来なくなった。

ヒロ氏は合気道部時代にもっとも深く付き合った先輩である。

学年こそ一つしか違わないが、色々あって歳は3,4歳離れている。

しかし、あまり先輩・後輩といった関係を気にしない方で、私も半分タメ口だったりする。

以前、札幌の藤井先生と飲んでいたときにも「どっちが先輩だかわからない」と言われた。

遊び、飲み会、そして稽古と本当によくつるんだ。

ヒロ氏は空手経験者で、その代では唯一の武闘派だった。

ヒロ氏が1年生の時に戸田先生にかかっていったことがあるという。

「好きなように打ち込んでいいですか?」と言ったヒロ氏に

「いいよ」と答えた先生。

ヒロ氏が仕掛けようとしたときにその攻撃は読まれてしまった。

「右の中段回し蹴りだろう」

「何でわかったんですか?

「中心を見てればわかるよ」

それ以来、合気道と戸田先生に魅了されたヒロ氏は、常に合気道のことを考えるようになった。

2012年12月 6日 (木)

道内・合気の旅⑤~学生との稽古~

最終日。12月5日(水)。

この日は白滝に帰らねばならない。

が、この日は時間の空いている学生が3人もいた。稽古をしないわけにはいかない。

戸田先生の「今」に常に触れている学生との稽古は貴重だ。

問題は稽古場所である。

学校の体育館は時間外で使用不可。

そこで室蘭の体育館に行ってみる。

まさか平日の朝から武道場を使用する奴はいないだろうと思ったら・・・

それがいるんですね。

女性のスポーツ団体が体育館のあらゆる施設を押さえているのだ。

次々と体育館に集結する妙齢のマダム達の群れには軽い恐怖すら覚えた。

武道場を使っていたのは太極拳。

「太極拳なんか蹴散らしてやりましょう!!」

はやる学生を何とか制止して、登別などの体育館も当たってみるがダメ。

「こうなったら野外しかない。人気のない公園を探そう。いい芝生を探せ!」

車を走らせる私に学生達はかなりの不安を覚えたであろう。

現に私の後ろに座っていた学生は、すきあらば私の首を絞め落とそうと常に身構えていた。

半分本気、半分ドライブで車を走らせていると、室蘭岳の登山口が現れた。

「ここなら人もいないだろう。麓はある程度整備されているはずだ。問題はちょっと雪が積もっていることだが・・・」

と、登って行くと、なんと体育館があった。

すぐさま借りて、1時間ほど稽古することにした。

下はもちろん木の床だ。でもそんなの関係ねぇ。かえって受け身の稽古になる。

人間あきらめてはいけませんな。雪もちらついてたし、ほんと野外稽古にならなくてよかった。

稽古後、さっそく学生を血液センターに連れて行った。

献血できる条件の揃った奴は一人だけだったが、お姉さん喜んでくれた。

それからメシ食って解散・・・てなことをやっていたので、白滝に戻ったのは夜。

うちに着いたとたんどっと疲れました。

おしまい。

道内・合気の旅④~室蘭道場~

4日目。12月4日(火)。この日は室蘭道場の稽古日。今回の旅のド本命だ。

というのも、現在戸田先生が進化中で、本当はずっと室蘭で稽古していたかったくらいなのだ。

札幌から室蘭へ。苫小牧に暴風警報発令中。

私が室蘭へ向かうとだいたい途中の道のりが荒れる。

雨、あられ、風がすごかった。ちょっとだけ車を降りたらすぐにずぶ濡れになった。

室蘭には昼頃到着。学生達は皆、講義なので、戸田先生のお宅へ伺ってみる。

久しぶりに奥さんとお話しする。

「これからどうするの?」

「暇つぶしに献血に行こうと思います。」

「稽古前なんだからやめたほうがいいんじゃないの・・・?」

ま、フツーは止めますよね。

でもやっぱり暇なので、血液センターへ行って成分献血をした。

これだと1時間くらい潰せる。おまけに成分献血の場合は必要な成分はとられるが、血は返ってくるのだ。

しかも受付のお姉さんは私のことを覚えていてくださった。たしか会うのは5年ぶりくらいのはずだ。

「最近の学生は献血に来てくれない」というので、合気道部に宣伝することを約束すると、部員達の分までジュースをくれた。

稽古。戸田先生と山梨大のOBの方、そして白帯なんだけど黒帯級の実力者Sさんが来た。

肝心の学生、特に現役の1,2年生はあまり来ず。

もったいないぞォー!!学生達よ、君たちの置かれている環境の良さをもっと知れ!

通常の稽古の後、すぐさま戸田先生のところへ行った。

「何でもいいから投げてください」

「俺は仕事で疲れてるんだ。・・・3分だけだぞ。」

戸田先生は絶対に断らない。

ものすごい勢いだった。3分どころか30秒無かったかもしれないが、それでも十分だった。

しかし、フラフラになった私の前にSさんがやってきた。

この人は白帯で5級。だが、非公式に2級以上の実力者で、おまけに大東流の使い手でもある。

実力は私以上であろう。

このかかり稽古がまたすごかった。

Sさんの技のキレもさることながら、私がSさんに対して仕掛ける技が普段やらない技や初めてやるような技ばかり。

体の内側から技が湧き起こってくる感覚だった。これこそが合気道なのだ。

そして、稽古の後は学生たちと飲んだ。寝たのは3時。

道内・合気の旅③~札幌の友人を訪ねて~

3日目。12月3日(月)。中学の同級生を訪ねて札幌へ。

ちょうど同級生は仕事が休みだったので、最近はまっているという温泉へ出かける。

そして、奥さんは働いて家にいなかったので、私が夕食を作ることになった。

お土産に持って行ったじゃがいもで芋料理を中心に。

鮭といものミルク煮、芋サラダ、厚揚げじゃが(肉じゃがの肉を厚揚げに替える)、厚揚げホイコーローの4品。

友人夫婦喜んでくれてよかった。時間に余裕があれば料理は楽しい。

料理と言えば、私と妻は料理の仕方に性格がはっきり現れる。

妻はレシピが無いとダメな人。分量も正確に量る。

私はひらめきで作る。分量も適当。

元々クリエイティブな部分のある私だが、合気道の稽古もひらめきの鍛錬になっているのかもしれない。

思えばほとんどひらめきだけで何年も指導してきた。

それはさておき、前日に会った友人もこの日の友人も、それぞれに悩みを抱えていた。

それから比べると、現在の私は自分が思うよりも幸せなのかなーと思ったりもした。

私はあえて自分の人生を白滝や合気道にしばったりして、傍目には不自由に見えるかもしれないが、その中で幸せの基準を決めてきた。

結局価値を決めるのは自分だ。

「幸せの基準を決めよ」「勝手に生きるべし」「人生成り行き」

どれも的を得ている談志の言葉。

高い金を払って外国へ行き、評判の地を観光し、高い飯を食う幸せもあろうが、

体一つで友を訪ねて行って、家庭料理と缶ビールで語り合う幸せもある。

私の基準は後者で、今回の旅もそういうことなのだ。

道内・合気の旅②~苫小牧演武~

二日目。12月2日(日)。この日は苫小牧で演武会。私は学生の頃から皆勤賞。

帯広から苫小牧へ向かう。初めて通るルートだ。

日高山脈を越えなくてはいけない。

地図を見る限りは道がついているが、視覚的にはひたすら山に向かって進んでいるようにしか見えない。

初めてなので、まるで行き止まりに向かって突き進んでいるような感じでひどく不安だ。

日勝峠を延々と走った。知らない道は不安だが、面白くもある。

雪をかぶった木々がとてもきれいだった。

初めてのルートを走る長距離ドライブは今年2回目で、1回目は稚内の弟を訪ねたとき。

睡眠不足をBGMでカバー。AKB、ディズニー、グリーンデイをかけながら走った。

今回は二日酔いをカバー。曲はタトゥーとビートルズってどんな選曲だ。

ちなみに私の車のナビは今回一度も起きなかった。冬眠か!

そのかわり峠では熊が出てびっくりした。

アテンションベアーという巨大な熊だ。冬眠しろ!!

無事、苫小牧に到着し、演武と余興の合気道落語「疝気の虫」を披露。

演武の受けは札幌のKさん。

色んな人を誘ったのだが、来てくれたのはこの人だけで、私の人望の無さがばれてしまった。

演武の後の懇親会(お弁当タイム)では戸田先生と市村先生の話が面白かった。

戸田先生は現在の師匠と出会った話。

ひらめきタイプの戸田先生は何をしゃべってるのか実はよくわからない。

でも話をしているときのキラキラした顔が好きだ。

それから市村先生の話は要約するとこんな感じ。

「強くなるためには山に入るか、水に入るかです。私はよく山に入りましたが、最近は冷水を浴びています。すると、今までは怖くて登れなかった二階の屋根の上で体操ができるようになりました」

よくわからない?ぜひご本人から直接伺ってください。市村先生も大好きだなぁ。

この日の夜は千歳の友人宅へ。

道内・合気の旅①~十勝合気会~

毎年11月の下旬から12月の初旬にかけて旅に出るのだが、今年は道内を巡ることにした。

まずは初日、12月1日(土)、この日は帯広の十勝合気会で稽古。

しかし、その前にやるべきことがあった。

旅行中「純と愛」を見逃すと大変なことになるので、北見でワンセグ携帯に買い換えなくてはいけない。

で、北見に寄る。ついでに塩焼きそばも食べる。

笑安記という店、油っこかったけどおいしかったです。

でも小さく鶏肉らしきものが入っていたので、もう食べには行かないだろうなぁ。残念。

後は本屋に行ったりして、北見を出るのが遅れる。ぎりぎり到着。

お土産にじゃがいもを箱で持って行ったら、子供達がやたら興奮して袋に詰めまくり、大人たちの取り分が一人2,3個とかになった。

稽古後は代表のIさんと飲むことに。

他に参加者を募るが、誰も来ない。

女性パティシエの指導員がいて、私は彼女のファンなのだが、彼女にも振られる。

「勘弁してください。明日も仕事なんです。3時起きです。これからクリスマスシーズンだし、憂鬱です。」

「そうか、大変だな。でもクリスマスケーキって憂鬱な気分で作られてるのか?それは嫌だなー。ホイップに恨みを込めてしぼったり・・・」

「そんなことしませんよ!!作業が始まったら楽しいんだけど、それまでが嫌なんです。」

よかった、よかった。

Iさんとは12時まで飲んだ。Iさんも忙しいのだが、年が近いこともあって話が尽きないのだ。

・お互いの師匠、藤井先生、戸田先生のこと。

・タバコをやめた理由、肉食をやめた理由

・魅力的な道内の先生方。

・合気道を好きになったのはいつ?

などの話題。

驚いたのはIさんは北大の主将までやったくせに、合気道にはまりだしたのは4年生になってからだという。

私はIさんのことが大好きで、まるで工大の近しいOBのごとく感じる。

なので、ちょくちょくお邪魔したいが、なにせ遠い。

今度は藤井先生の講習会があるそうだ。

「行きます!!」と答えたのはいいが、高速代に目をつむれば札幌の方が近い。

わざわざ帯広に習いに行く必要あるのか?

« 2012年11月 | トップページ | 2013年1月 »