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2013年4月

2013年4月29日 (月)

ハンガリー紀行⑭~ウィーンのカフェと街の景観~

カフェの続き。

私は鮭のテンプラだったが、妻と父はグラーシュというソーセージのシチューを頼んだ。

グラーシュはハンガリーではスープなのだが、ウィーンではシチューであった。

そしてビール。昼間からカフェでビール。たまらない。

店内も本当におしゃれで、お客さんたちもそれぞれ楽しんだりくつろいだりしていて、とてもいい雰囲気だった。ウェイターさんもいい。

犬連れのマダムもいた。こちらでは犬のしつけがものすごくいいらしく、カフェも連れ込み可だし、商店街のようなところでも犬を連れている人はたくさんいた。

そして犬はマダムがお茶してる間、おとなしくテーブルの下にいるのであった。

カフェにはいなかったが、こちらは赤ちゃんもおとなしい。

乳母車に乗せておしゃぶりを咥えさせておけば、すやすや寝るかおとなしくしてるかだ。

街を行く人々はみな幸せそうだ。いったい何が日本とそんなに違うのだろう。

そこで気が付いたのが景観と騒音であった。

まず、昔からの建物がそのまま残っているので風情がある。

そして景観をひどく壊すような看板はそんなにない。パチンコもコンビニもない。

騒音は車の音くらいで、店が大音量で音楽を鳴らしたりはしない。

日本は景観が悪いんだなぁと思った。

少なくとも私はパチンコとコンビニはなくても平気だぞ。

というわけで、脱線したのでケーキについてはまた次回。

ハンガリー紀行⑬~ウィーンのカフェと揚げ物~

妻がウィーンで一番やりたかったこと、それはカフェでケーキを食べることだった。

しかも生クリームを添えて。

オーストリア人はよく甘くない生クリームを食べるらしい。

コーヒーにも入れる。俗にいうウィンナーコーヒーだ(ウィンナーコーヒーという名称はウィーンにはない)。

Schwarzenberg(シュヴァルツェンベルグ)という老舗カフェにやってきた。

まずは昼食。メニューを見た両親が肉を食べれない私のために「これ鮭だよ」と教えてくれたものを注文すると、鮭のテンプラみたいな揚げ物が出てきた。

美味しかったけど私は連日、揚げ物ばかり食べていたのである。

前にも書いたが、さかのぼると出発前には天ぷら。成田でも天ぷら。

飛行機に乗れば機内食にはエビカツ。

ブダペストのレストランでは安パイ狙いで川魚のフライ×2日。

しかもウィーンからの汽車に乗る前にはお弁当として、白身魚のフライのサンドイッチを買ってしまった。

さすがにもう気を付けようと思ったら、母が惣菜でまた魚のフライを買ってきたりした。

さらに、せっかくなので積極的にケーキを食べるよう心掛けていたので太りました。

3~5キロくらい太ったと思う。そりゃ太るよ。

私にとってのレッドライン体重70キロをオーバーしたので、一応今はダイエット中である。

ケーキの話はまた次回。

2013年4月27日 (土)

ハンガリー紀行⑫~ウィーンへ~

5日目の朝、太ももが筋肉痛。そして膝も痛い。

連日歩き回ったり、立ちっぱなしなせいだ。そして稽古。

しかし、この日の朝も早かった。

父の休みを利用して1泊でウィーンに行くのだ。

ハンガリーはピンと来なかったが、さすがにウィーンは知っている。

と言っても、なんとなく音楽の都ってだけなのだが。

しかし、妻にとってはウィーンはお菓子の町でもあった。

私もすっかり妻に洗脳され、とにかくウィーンでケーキが食いたかった。

あとの観光は両親のガイドに任せよう。

特急で3時間でウィーンへ。まず両親は我々をシェーンブルン宮殿へと案内した。

オーストリア皇帝の夏季の宮殿らしいのだが、めちゃくちゃでかい。

日本語の音声ガイドを聞きながら1時間かけて見る。豪華絢爛であった。

その後、カフェで昼食をとり、王宮で使われていた銀器コレクションとシシィ博物館を見る。

銀器コレクションも豪華絢爛であった。って、他に表現がないのか。

えーと、色んな食器が並んでいて、キンキラキンのものもあれば、絵がかいてあるやつとか、中国の磁器とか日本の伊万里焼とかもあって、とにかくすごかった。

カフェとシシィについてはまた次回以降に。

2013年4月25日 (木)

ハンガリー紀行⑪~国会とオペラ座~

ブダペスト4日目。この日は朝稽古の後、国会議事堂とオペラ座を見学しに行く。

ともに英語のガイドがあったが、何を言ってるのかはさっぱりで、ただただ建物の内装に圧倒されるのみであった。

ハンガリーの国会議事堂はとにかくでかい。

そしてものすごく立派だ。中で行われている政治はどうか知らないが。

そこをいくとわれらが日本は議事堂も政治もひどい。

オペラ座も立派で、最後にオペラ歌手のミニコンサートも聞いたが、ものすごい声量であった。

夜は父の運転でゲッレールトの丘に夜景を見に行く。

ブダペストの夜景はとてもきれいだ。

父の頭もライトアップされていた。

ちなみに父とは毎晩飲んだ。というより晩酌に付き合った。

父は私たちが来たのをいいことに、休肝日を返上して毎晩ビールとワインを開けるのであった。

2013年4月24日 (水)

ハンガリー紀行⑩~ハンガリーの合気道~

観光で疲労した後に控えている稽古は正直つらい。

が、せっかくの機会なので行ってみる。

2件目の道場は合気会で指導者は四段の男性だった。

心身統一もそうだったのだが、ここもジムの一室を借りて稽古していた。

そのジムは外観がこじゃれていて、見た目にはレストランかと思った。

さて、稽古が始まれば、昼間の疲れは忘れてしまう。

ここの先生は呼吸や体術をきっちりとやるとても素晴らしい方だった。

ハンガリーの合気道は要点をしっかり抑えているので、レベルが高いと感じた。

言葉がわからないので、先生の技をしっかり見て理解しなければならない。

そして、合気道の本場・日本からの客として恥ずかしい真似は出来ないので、気が抜けなかった。

日本にいるときよりもずっと稽古に集中した。

しかし、観光と稽古の両立は妻にはハードだったようである。

翌朝も心身統一の朝稽古だったのだが、妻はダウンしてお休みした。

この時の稽古もまたすごかった。一教運動と入り身投げをひたすらやった。

心身統一の方ではわざわざ英語で通訳をしてくださる方がいたが、私には必要なかった。

というか、申し訳ないが、英語で説明されてもわからないのである。

技を見ていれば、その指導者の言わんとしていることが大体わかる。

「間合いについて言っているな」とか、心身統一の肝である「気」や「呼吸」についてだなとかまるで日本語で説明されてるかのごとく理解できた。

合気道は我々にとっての共通言語になっていた。

後になって、妻がぽつりと言ったことがある。

「外国でも飛び入りで一緒に稽古させてくれるなんて合気道ってすごいよね。」

たしかに、これがほかのスポーツや武道でも同じように一緒に練習できるものなのか。

和合を大切にする合気道ならではだと思った。

こうして、計3回にわたる稽古は無事終了したのだが、実は合気会からはもう一日稽古のお誘いがあった。

私は行きたかったのだが、妻と母から「いいかげんにしろ」と言われて断念した。

ハンガリーで知り合った合気道仲間にまた出会えることを願う。

2013年4月22日 (月)

ハンガリー紀行⑨~ブダペスト国立西洋美術館~

ブダペスト2日目。この日は午後から美術館へ行くことにした。

ハンガリーには大きな美術館が3件くらいあるが、その中で最大の美術館であった。

しかし、ここで問題が発生する。

ガイド役の母が急きょ、歯の治療のため歯医者に行くことになったのだ。

我々を美術館まで連れていくと、母は去っていった。

私は「何とかなるだろう」と思ったが、妻は不安のあまりものすごく不機嫌になった。

とりあえず、ちょうどお昼だったので美術館内のカフェで昼食をとることにする。

ハンガリー語の本を見ながら頑張ろうと思ったが、英語が通じたのでなんとかなりました。

チーズとトマトのパニーニにモッツァレラチーズとトマトのカプレーゼサラダ。チョコレートとコーヒー。

チーズとトマトも毎日食べたものだ。

それから美術館を回る。2時間くらいで見終えるつもりが、とても見きれないことに気付き、夕方までかかる。

多くは宗教画だが、キリスト教に関する知識がないのでよくわからない。

つくづく思うのはキリストさんは大変なグラビアアイドルだということであった。

他にはルノアール、ダビンチ、ゴヤ、モネ、ルーベンス、エル・グレコ、ラファエロ、ゴーギャン、ブリューゲル・・・

他に印象に残った絵は「クレオパトラの最期」という絵。

クレオパトラはどうやら毒蛇に咬まれて死ぬらしいが、その表情を白目をむく寸前の表情として描いた画家がいた。

その絵を見た妻が一言

「『まことちゃん』みたい…。」

もう、そういう絵にしか見えなくなっちゃったよ!ぐわし!

そんな数ある絵の中で我々が一番食いついたのは、オランダの画家の描いた「カキのある静物画」で、二人とも思わず絵に向かって手を伸ばしかけたほど。

名だたる巨匠たちも食い物にはかなわなかったようで…

美術館ですでに足はパンパンだが、この日の夜はまた稽古が控えていた。

ハンガリー紀行⑧~ブダペスト・ラビリンス~

王宮の丘でレストランを探していると

「迷宮はすぐそこに(Labirynth, few steps away)」

という男の子心をくすぐる看板が出てきた。

そういえばガイド本にもチラッと載っていたような…

王宮の丘の地下には洞窟が掘られていて、かつて貯蔵庫だったり牢獄だったり、防空壕だったりしたんだそうな。

昼食を取り終えるとさっそく向かった。

が、看板の先には何もない。よく見ると建物のひとつに地味な入り口があった。

周りの風景にとけこみすぎ!わかりづらい!!

このブダペスト・ラビリンスこそが私が二番目におすすめしたい観光スポットだ。一番は後で出てきます。

入ると、薄暗い洞窟の中から何やら音楽が聞こえてくる。

ところどころ檻の中で、人形によるオペラのワンシーンが再現されているのだ。

しかし、言葉がわからないのでオペラと洞窟との関連性が謎である。

そして、どこぞの遺跡から持ってきたのか石柱の一部などが点々と展示されている。

さらに、ドラキュラ伯爵が幽閉されていたところでもあり、その付近は霧を発生させて、わずかに不気味だ。

そしてドラキュラの棺桶らしきものと不気味な人形が中途半端な怖さで登場する。

先導していた若者たちは軽く悲鳴を上げていたが、正直大して怖くはない。

さらに、薄暗い中を進んでいく。

謎の模様が描いてあったり、謎のいすが置いてあったりする。

そして最後に現れたオペラの一場面はなぜか暗転していてよく見えなかった。

中途半端だなぁ!

さらに進むと、いきなり「世界の洞窟展示コーナー」なる写真展が出現し、最後に待ち受けていたのはハンガリーの観光名所などを紹介する映像コーナーとトイレだった。

いったい、何を演出したいんだ、ここは?!

このわけのわからなさが私的にはおすすめです。でも多くの人はがっかりするだけかも。

あとで調べたら、洞窟はもう一つあるらしく、しかもそっちの方が面白そうだった。

だが、私はここで十分楽しめた。

ハンガリー紀行⑦~王宮の丘と昼食~

マーチャーシュ教会は王宮の丘という丘の上にある。

その名の通り、王宮のある丘だ。

他にも三位一体広場、マーチャーシュ像、漁夫の砦とそこから見渡せるドナウ川や国会議事堂、大統領官邸、美術館など見どころ満載だ。

・・・文章だけではわかりづらいですな。写真の載せ方がわからないので、写真はこちらまで↓

http://www.facebook.com/media/set/?set=a.432877500140364.1073741826.100002543527974&type=1&l=6552ce29dd

ちょうどマーチャーシュ教会付近を見終わると正午になった。

ゴーン、ゴーン…と、教会の鐘が鳴りひびく。

行きかう人々、周囲の風景、風と風になびく旗、飛んでいる鳩・・・すべてが半端じゃない異国情緒だ。

瞬間最大ヨーロッパ率をたたき出した瞬間であった。

お昼なので王宮の丘で昼食。

母が肉を食べれない私に配慮して、メニューの見える店へ行った。

食べたいものを指さして取ってもらう。

しかし、量は店員任せだ。結構な量を盛られてしまった。

私が頼んだのは、野菜の酢漬け、ハッシュドポテト、野菜炒め、川魚のフライに豆のシチュー。そしてデザートにムース。

どれもおいしゅうございました。

そして、このレストラン付近に私のお勧めする観光スポットがあるのである。

2013年4月21日 (日)

ハンガリー紀行⑥~ブダペストの教会~

稽古が終わると中央市場へ行った。

市場ももちろんだが、風景が何もかも違う。何を見ても楽しい。

ラーンゴシュという揚げパンを屋台で買って食べた。

カスタードチョコ味で、稽古の後には大変おいしかったが、かなり大きかったので妻と二人で食べた。

その後、付近を散策していると、札幌時計台に似た教会が現れたので、中に入ってみる。

内装がとてもきれいで立派だった。そんな教会があちこちに建っているのだ。

教会はパワースポットに建てられるということを何かで読んだが、これだけのものを建てるのならそうかもしれないと思った。

この日はさらに二つの代表的な教会へ行った。

マーチャーシュ教会と聖イシュトバーン大聖堂、ともにハンガリーの王のために建てられた教会である。

イシュトバーンの方が大きくて派手だが、マーチャーシュも全体に描かれた模様がとてもきれいで見ごたえがあった。

ただ、天井までびっしりと装飾されているのはいいのだが、稽古で首を痛めた私には上を向くのが相当つらかった。

イシュトバーンの方は入場料が「お気持ち」とのことであったが、相場が決まっているようであった。

ハンガリーの通貨・フォリントがなかなか財布の中から見つからずユーロを手に取っていると

「2ユーロ?OK、OK!」

と言って、門番の僧侶が私の手からコインをもぎ取っていった。

なんか「えー…?!」って感じになった。

でも、ここはかなり上の方まで登れてブダペスト市街を見渡せる(上るのにはさらにエレベーター料が発生するが)。

それはそれはいい景色でありました。

2013年4月20日 (土)

ハンガリー紀行⑤~朝稽古~

ヘルシンキからさらに3時間。とうとうハンガリーはブダペストに着いた。

両親の家で軽く食事して(4食目)、早めに寝た。

そして、ブダペストでの最初の朝・・・我々は合気道の朝稽古をしていた!

父が通訳の方を通じて道場の手配をしてくれたのである。

さすがに今回は稽古はなしの予定だったが、せっかくの申し出なので稽古することにした。

近くの2道場に計3回お邪魔することにした。

そのうちの一つがこの朝の道場なのだが、指導者はなんと女性で二段。

どんな方かと思ったら、これが美人で、しかも技も美しかった。

終わってから話を聞いてみると、心身統一合気道だったことが発覚した。

しかし、何の違和感もなく稽古できた。しかも普段の2倍くらいの運動量であった。

それはいいのだが、かなり早い段階で私は肩の筋をやってしまい、首が痛くなってしまう。

飛行機で体が固まっていたのだろう。

こうして、さわやかな汗とともに若干過酷な観光がスタートした。

ハンガリー紀行④~ヘルシンキ空港にて~

空腹のままヘルシンキ空港に到着。

食料を求め、空港内の店で買い物を試みるがお菓子しかない。

しかし、パスポートチェックを済ませ、搭乗口まで来るとカフェが何軒もあった。

他のお客さんに聞きながらチーズとトマトのサンドイッチとパスタサラダを購入。

席に着くとなぜか隣の客がチョコレートケーキを一口残して去った後だった。

私「あれ、うまそうだなー。本場ヨーロッパのケーキだぞ。食べてもいいかな?」

妻「ダメに決まってんでしょ!人が残したやつだよ」

私「残したものだからいいんじゃねえか。どうせ捨てられるんだぞ。もったいない。」

妻「みんな見てるから」

私「見てねーよ!見られたとしても、もう二度と会わない人たちだよ」

妻「お願いだからやめて」

妻の制止を振り切り食べた。すっごくうまかった。思い返してみるに、旅行中食べたものの中で1,2を争ううまさだったかもしれない。

あとで母に話したら「もう二度とやらないで」と言われた。

でも、私にいわせりゃ「食い物を粗末にするな」である。

なかなかハンガリーまでたどり着きませんな。以上、ヘルシンキ奇行でした。

つづく

2013年4月15日 (月)

ハンガリー紀行③~飛行機と映画~

成田からヘルシンキまでの飛行機に乗る。

飛行機は11:00発。乗るとすぐに昼食の機内食が出た。

この時はエビカツ丼。なかなかうまかった。

飲み物はフィンランドビール、妻は白ワイン。その後、二人ともさらにビールを追加。

これがいけなかった。妻は気持ち悪くなってしまい、寝た。

私もそこそこ気持ち悪かったが、眠れずにひたすら映画を見ていた。

4本も見た。吹き替えでしか見れないのが残念だったが。

一本目:The Bucket List(最高の人生の見つけ方)・・・モーガン・フリーマンともう一人が死ぬ前にやりたいことをやる話。モーガン・フリーマンを見ていると戸田先生に会いたくなる。表情が似ているのだ。特に笑顔が。

二本目: Hitchcock・・・途中寝た。でもいい映画だと思う。「サイコ」を見てみたくなった。

三本目:Life of Pi・・・虎と漂流する映画。CGなんだろうが、美しい映像とものすごい迫力であった。飛行機の画面でもこれほどなのだから、映画館で見たらすさまじいだろう。

四本目:Wreck it Ralph(シュガーラッシュ)・・・ディズニーのCGアニメ。これは英語で見たが、ストーリーが単純なので理解できた。ゲームとお菓子全肯定で商業のにおいがプンプンする。こういうの子供に見せるのどうかと思う。AKBが曲を提供してるのも商業のにおいがプンプンする。CGの技術はすごいのに、なんかもったいない感じがする。

というわけで、10時間近いフライト中、あんまり寝ないでヘルシンキ到着。向こうはまだ昼過ぎ。

昼食として出た機内食がペンネのミートソースだったため、食べれず。

後に、あらかじめ言っておけば変更できたことを知る。

2013年4月12日 (金)

ハンガリー紀行②~一日目、旭川→成田~

白滝からの海外旅行は大変だ。我々の旅程は

白滝―旭川(車) 旭川―羽田(飛行機) 羽田―成田(バス) 成田―ヘルシンキ―ブダペスト(飛行機)

となった。日本―ハンガリー間の直行便がないのが不便に思えたが、かえってワンクッション置いた方が楽だと後で判明する。

旭川―羽田間の飛行機では、妻が耳が痛いと泣き出して焦った。

気圧の変化の際の空気抜きがうまくいかなかったらしい。

スチュワーデスさんに助けを求めると飴をくれたが、鼻をかんだら治った。

さっきまで泣いていた妻は飴をもらってニコニコしていた。子供か!

この日は成田まで移動。桜がきれいであった。

空港で夕食をとったのだが、妻は天ぷらを食べたがった。

おそらく向こうでの食事はハイカロリーになるだろうと思ったのだが、まあいいやと思って食べた。

予想通り、連日揚げ物を食べる羽目になりました。

しかも、この日の前日も妻の実家で天ぷらでした。

ハンガリー紀行①~父の転勤~

父は転勤族だ。

千歳のマイホームを起点としていろんなところに飛ばされている。

私が子供のころはアメリカにも行った。

だから私は帰国子女である。何か問題ありますか?

私が大学生の時も父はアメリカにいた。

親が近くにいないのをいいことに、勝手に大学を辞めたのも今となってはいい思い出である(?)。

その父がドイツに飛ばされた。

父がいるうちに遊びに行きたいと思っていたら、また別の土地に飛ばされた。

それがハンガリーである。

全然ピンときません。

地名は知っているが、よく考えると、どこにあって何が名物なのかさっぱりわからない。

ハンガリー人は何を食べてるんだ?

答えはパプリカ。ますますピンと来ない。

というわけで、おそらく今後も私の人生に縁がないであろう国に、親がいるうちに行くことにした。

ガイドと宿が向こうにあるんだから、これは便利だ。

一応、名目は新婚旅行なのだが、旅行中に結婚一周年を迎えたりした。

つづく

2013年4月 7日 (日)

結婚式をやってみた⑨~感謝の手紙~

披露宴の締めくくり、「定番なので」と妻は両親への花束贈呈と感謝の手紙の朗読をしたいと言い出した。

「いいんじゃない」と答えたものの、果たして妻がどんな内容の手紙を書くのかが心配であった。

案の定、妻は「何を書いていいかわからない」と言いだした。式の前日に。

そこで、私が構成などを考えてやり、「こんな事を書けば?」を助言すると、やっと手紙を書き始めた。

しかし、「あーでもない、こーでもない」と手紙は難航し、完成したのは式が始まる数時間前であった。

おまけに手紙は普通の紙に書かれ、何度も折りたたまれた状態で懐に入れられていた。

そして、披露宴のクライマックス。妻はその手紙を淡々と読み上げるのであった。

「せっかく読むんだから泣き節で読む演出をしろ」と助言したのだが、「いい年をして恥ずかしい」と普通に読み上げた妻。

案の定、終宴後に親戚のおじさんから「あの手紙はもっと感情的に読むべきだった」とダメ出しをされていた。

おしまい。

2013年4月 5日 (金)

結婚式をやってみた⑧~新郎余興~

合気道の映像のほかにも色々と自分たちならではの趣向を考えた。

その中にキャンドルサービスの代わりに妻がお灸に火をつけて回るというものもあったが、これは却下された。

最初から話が出ていたのが、私の落語であった。

私が選んだのは十八番の「火焔太鼓」。これを結婚式でかける人はまずいないだろう。

さえない道具屋が仕入れた汚い太鼓が、実は国宝級の名器で殿様が高く買ってくれるだけの噺。

噺自体はめでたいが、下げが

「太鼓の次は何を売ろう?半鐘はどうだろう?」

「駄目だよ、おじゃんになる」

というもので、これはよくない。もちろん変えてやったけど。

この噺は私にとっては夫婦の噺だ。

さえない夫をしかりつける妻、独身時代の私にはあこがれの光景であった。

このさえない道具屋に自分を重ね、女房をどんどん凶暴な女にしていった。

しかし、それは夫婦のじゃれあいである。

お互いにどうせダメだろうと思いながらも、女房は夫にムチし、夫も自分なりに応えようとする。

最終的に大金を手にした夫が女房の前に金を突き出し、女房が大げさにリアクションする場面はまさに疑似セックスだ。

「どうだ!」と迫る夫に「ああ~!」と身をよじる女房。このシーンがやりたくてこの噺をやってます。

この噺をさらに合気道バージョンで披露した。

実演時間は12分。知らない人にはわからないだろうが、かなり頑張って短くしてます。

まあ、うけました。そりゃそうだ。主役だもん。

2013年4月 3日 (水)

結婚式をやってみた⑦~映像コーナー~

意外に…と言ったらサンシャインホテルさんに失礼であるが、料理は好評であった。

私はちょっとしか食べれなかったが、ジャガイモのチーズ焼きはおいしかった。

私の勤め先のいもを使用したものである。

それはさておき、お色直しの間に合気道の映像を流す事にした。

本当は演武でも披露したかったところだが、さすがにそれはできまい。

という訳で、中湧別道場の稽古風景と我々の演武の様子を撮影することにした。

「稽古風景を撮影したい」と尾崎先生にお願いすると、

「じゃあ、私が撮りますよ!」と言ってノリノリで撮影し始めた。

さすがは元テレビ局である。

が、そのために映像コーナーに先生が登場する事はなかった。

道場長なのに…。

そして、我々の演武を見た妻は自分の姿勢の悪さに愕然としていた。

稽古不足を嘆いていたが、それももう遅い。

しかし、この映像コーナーも好評だったようである。

結婚式をやってみた⑥~祝電~

式が終わると、北見から来てくれた司会の方と打ち合わせをした。

打ち合わせには尾﨑先生も加わった。

もう進行が気になって仕方がない様子であった。

特に気にされていたのが、誰の電報をどの順番で読むのかということであった。

電報は思いのほか来た。

出席できなかった恩師やいとこや友人達等…

加えて、先生は電報が来なかった場合に備えて数名からお祝いのメッセージを頂いて来ていた。

中には会った事も無い議員先生からのメッセージもあったりして、ありがたいやら恐縮するやら…

また、尾崎先生には祝辞をお願いしていた。

先生の祝辞もまた素晴らしかったのだが、その時にサプライズとして、とんでもない大物からのメッセージも披露された。

こうして披露宴が始まった。

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