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2013年5月

2013年5月30日 (木)

室欄・白滝記その39~白滝合宿②~

合宿3日目、昨日の稽古の疲れで全員寝坊する。

それから1年生は道場の調理場で朝食の支度を始めたが、米を炊くのに失敗した。


炊飯は電気ジャーではなく、道場に置いてあった大きな釜を用いたのだが、米が激しく焦げ付いてしまったのだ。


この日は会長の友人の農場で農作業体験をすることになっていた。


しかし、人数の関係で半分しか行けないことになり、二手に別れる。


農作業コースか、焦げ取りコースか。


当然農作業でしょう‼私は畑に向かった。

道着袴姿のままで。


開祖の伝記によると、晩年の開祖は茨城の岩間に道場を構え「武農一如」を実践した。


稽古と農作業が開祖の気分次第で交互に行われ、いちいち着替えることもなかったという。


ならば稽古着は農作業着と同じだ
!!と、こうなるのが私の短絡思考で、当然今の私に言わせれば「絶対にありえない」である。


農場の皆さんも驚いたらしい。そりゃ驚くよ。


お邪魔させていただいた農場は「丹羽農場」というところだった。


後に私が勤める事になる農場である。


仕事は機械で掘り起こしたじゃがいもをひたすら拾い集めること。


腰が痛くなったが、今の私に言わせれば「ほとんど遊びに過ぎない」作業量であった。


その後も、稽古や観光をしたりしてひたすら楽しく過ごした。

私の人生の中でも特に充実した日々だったと思う。


これが私と白滝との出会いであった。

室欄・白滝記その38~白滝合宿①~

1年後輩のアサヒ達は夏合宿を白滝で行うことに決めた。

開祖ゆかりの地・白滝である。当然参加した。


開祖と同じ山を見て、同じ空気を吸えることにとても感動した。


まず初日は遠軽合気会・吉野先生の稽古。


夜は高原キャンプ場で五右衛門風呂を初体験。薪割りで盛り上がる。


2
日目の朝は早起きして、キャンプ場のアスレチックコースを後輩と二人、大はしゃぎで遊んでいた。子供か!!


しかし、稽古のほうは主将のアサヒが大はりきりで、ひたすら膝行(膝で歩く動き)の稽古をした。


1
年生の膝の皮はこれで全滅した。


次にすっちーの指導のもと、ひたすら飛び受け身の技をやる。


この午前の部の稽古には白滝合気会の会長も出席した。


会長は当時
50代後半だったか、それでも半日とはいえ、学生の稽古についてきたのである。

この人はやるときはやる人だと思った。この時点では…。

午後は私とタケヒロの受け持ちで、半身半立ちやランニング、道場の拭き掃除までやった。

合気道の稽古で走ったのはこれが最初で最後であった。

夜は白滝合気会の稽古に参加。

ここは子供と初心者しかいなかったので、稽古は楽チン…と思いきや、

「子供達と騎馬戦をやりましょう」と会長が言い出した。子供をおんぶして走り回る部員達。


この日の稽古は足に負担のかかることばかりやったのだ。その後の騎馬戦はきつい。

しかし会長、「次は膝行でやりましょう」


鬼か、あんたは
!!あんたも一緒にひたすら膝行やったの知ってるでしょうが。


かくして、今度は子供を負ぶっての膝行。その様子を会長はニコニコ眺めていた。

その後も子供達と遊びまくり、我々はボロ雑巾のようになった。

2013年5月12日 (日)

比布爆笑イチゴ寄席⑤~大喜利・幻の問題~

大喜利は全部で3問だったが、本当はもう一問あった。

答えにくくてボツになったのだ。その問題とは…

第4問:母の日をうっかり忘れて一言(例:カーネーションが売り切れで白い菊しかなかった)

別に「母の日に一言」でいいじゃねぇか!なんで忘れて一言なんだ!?

と、皆さんに不評だったようです。でも、考えたよ、一応。

・金ネーション、カーネーション、買えネーション・・・とりあえずダジャレに走ってみました。

俺、今服役中だよ、お袋・・・うーん。

・母の日は88日かと思ってた・・・妻に好評。でも、自分でいうのもなんだけどつまんねえ。祝日、祭日を覚えられない私の普通の意見。

・母の日じゃないとダメなんですか?父の日じゃダメなんですか?・・・ダメに決まってんだろう、レンホーさんよ。

忘れたんじゃない、思い出さなかっただけだ・・・大喜利が苦手なんじゃない。答えが思いつかないだけだ。

というわけで、自分の力のなさを痛感したのでありました。

大喜利の勉強もするかなー。

とりあえず、実は「笑点」の生みの親、立川談志の「大笑点」で鍛えてみるか。

大笑点の問題・・・AV男女優の名前、死刑賛成のスローガン、もしもチンポコが二つあったなら、趣味を生かせる自殺の方法…

参考になりませんでした…。でも、この本はおすすめ。「笑点」なんかよりずっと面白い。

落語会の後は打ち上げに参加して、主催者の駐車場で寝て帰りました。

ありがとうございました。またよろしくお願いします。

比布爆笑イチゴ寄席④~大喜利・第3問~

第3問:山菜とかけて?

初なぞかけだ。ある程度考えて師匠に送ったら、当日の昼になって「答えが足りないからもっと考えろ」ときた。

考えましたよ、仕事中に。

・素敵なシールととく。春(貼る)の楽しみ・・・これは同じような答えを考えた人がいて、そっちが採用された。「サロンパスととく。はるが一番いいでしょう」だって。日本語おかしくないか?

・ブランドバッグととく。類似品に注意・・・毒草に注意

・ハスの花とバネをかじるときととく。スプリング ハス カム(噛む)・・・また壊れました。わけがわからん。

・ひどい肩こりととく。とれると嬉しい・・・この答えがひどい。投げやりですな。

・アイドルととく。目と歯(芽と葉)がきれいだと喜ばれる・・・採用!

・ドジな泥棒ととく。よくあげられます・・・これも採用!と言っても、「新聞記事」って落語のネタだけどな。

・山に沈む夕日ととく。山に映えます(生えます)・・・うーん。

そんな中、主催者が自分で考えた答えが意味不明であった。

「山菜とかけまして、四さいととく。その心は…足して7歳!」

って、なんじゃそら?!

なぞかけでも何でもないよ!意味わかってんのか、この人?もちろんお客さんもポカーン。

「足して7歳って何ですか?山菜とかけて4歳なら、かけてるから3×4=12歳でしょうが!」

と、私も意味不明なツッコミをすると、「ああ、そうか!」と言ってバカうけでした。

その時は打ち上げの席だったから座布団も何もなかったけどね。

比布爆笑イチゴ寄席③~大喜利・第2問~

第2問:こんな花見は嫌だ(例:きれいな桜の横がトイレ)

すべてボツになった私の回答(と自己ツッコミ)

・料理が全部カニ・・・桜見てる暇ねーよ!

・参加者全員むち打ち・・・上向けないから見れないよ!

・「桜が散るときに私は死ぬんだわ」が口癖の少女が同席・・・長い。最後の一葉ですな。

・じゃんけんで負けた人が桜の木の役・・・クラスで一番目立たないやつでも可。

・サクラ前線とともに日本を縦断する耐久花見・・・一か月くらいかかるかね。

・テレビで遠山の金さんを鑑賞する会・・・散らないサクラだけど…

・食料、飲み物現地調達・・・恵んでもらうか強奪するか。

・花見と花火を間違えて「たまや、たまや」うるさい・・・もうわけがわかりません。ちょっと壊れとるな。

・雨天の場合は翌月に延期・・・散っちゃう、散っちゃう‼

すべてボツになったので、私にあてがわれた答えは「役人が集まって花より談合」でした。

似たようなことは考えたんだがなぁ…。「花よりタンゴ」とか。

比布爆笑イチゴ寄席②~大喜利・第一問~

比布寄席の目玉は大喜利だ。

地元スタッフが参加するので、顔なじみのお客さんがとても喜ぶ。

私にとっても初めての大喜利である。うまく答えられるのか…。

と思ったら紅丸師匠から連絡が来た。

大喜利の問題を教えるから、答えをあらかじめ考えてこいとの事。

ぶっつけ本番じゃないのね。でも、きっちりお客さんを楽しませるためにはある程度の仕込みも必要だ。

というわけで大喜利の問題を見てみる。

はっきり言って、どれも微妙に答えづらい!!

ぶっつけ本番だったらきっと私はフリーズしていたであろう。

というわけで、これからその問題とほとんどボツにされた私の回答を振り返ってみようと思う。

第一問:「ひぐま」を頭文字にして比布の宣伝をしてください。(例:比布町 ぐるり見渡せば 満開のイチゴ畑)

比布町のこと何にも知らねーよ!!

かと言って、調べようともしない私はこの問題をパスした。

すると師匠、白滝の宣伝でもいいとの事。一つだけ考えたのが

・光る黒曜石 グッとくる太古のロマン まだ来たことないの?白滝ジオパーク

ジオパークのこと知らない人が聞いたらポカーンだろうなぁ。

結局、この問題は「ひぐま」であいうえお作文するだけの問題に変更された(例:ひったくり グッチのバッグ また盗られ)。

でもスタッフの皆さんはちゃんと比布の宣伝をして受けてました。

比布爆笑イチゴ寄席①~初参加~

たまには落語のことも書く。

今のところ、ありがたいことに月1くらいで予定があるが、今月は比布にお邪魔させていただいた。

比布爆笑イチゴ寄席・・・もう6回目になるそうで、旭笑長屋の落語と地元スタッフたちの大喜利がある。

時間は夜の6時半から。これなら行けるかもしれない。

となると、まずは妻にお伺いを立てなくてはいけない。

「5月11日に落語するって言ったらぶっ飛ばす?」

「いいよ、その日はあたしも出かけていないから」

やりました。かくして私は仕事後、比布へ車をぶっ飛ばしたのありました。

でもやっぱり遅刻した。

前座の私が一番遅れて会場に入り、開口一番は幻太師匠につとめていただいた。

そのあとに私が上がって「替り目」を演じたのだが、うまく呼吸が合わなかった。

車のスピードから高座の口調のスピードへの切り替えに体がうまく対応できなかったのである。

以前、ランニングをした後に合気道のかかり稽古をやった時も同じような状態になったことを思い出す。

でも受けた。お客さんに救われた。

「腹ン中じゃお客さんに手ぇ合わせてんだよ…」

つづく。

2013年5月 3日 (金)

結婚式をやってみた・番外編⑥~親子~

パーティーの最後に、披露宴で両親へ向けてやったように、院長夫妻へ感謝の手紙を読んだらと提案した。

 

妻は却下した。

 

披露宴で懲りたのか。照れなのか。ただめんどくさいだけなのか。

 

でも、私の目から見ると妻と院長夫妻の関係って師弟っていうか親子なんだよなぁ。

 

親子のような師弟じゃなくて、親子なのである。ちなみに院長夫妻に子供はいない。

 

院長夫妻には現役スタッフを含め、10人以上の弟子がいて、その中で妻は一番弟子らしい。

 

しかし、そもそも妻は他のスタッフたちと違って、最初から鍼灸師やアロマテラピストを目指して、杏園堂に来たわけではない。

 

最初はバイトの事務員だった。そして院長の飲み仲間であった。

 

その分、他のスタッフよりも師弟間の緊張感が薄い気がする(基本的に他のスタッフも和気あいあいとしてますが)。

 

しかし、妻は院長のような鍼灸師を目指し、免許を取って帰ってきた。

 

院長も気持ちを新たに妻を教育し始める。

 

が、院長夫妻に叱られてあからさまにふくれる妻。

 

親子じゃん!親に怒られてむくれる娘じゃん

 

師匠とか上司に対する態度じゃありません。

 

そして、ある日妻はいきなり杏園堂をやめてしまう。

 

はい、反抗期が来ました。完全に反抗期です。

 

他の弟子は杏園堂をやめても、師匠の理念を大切にそのまま独立してるのに、反抗期だからこそなせる長~い回り道。

 

実際、妻は実の親にも同じようなことをしている。そもそも、鍼灸師になったこと自体、妻の親の意に反していたのだ。

 

やることがたまに大胆である。そのくせ親の顔色をものすごく伺いながら生きている。

 

親を恐れているのにしょっちゅう実家へ帰る。

 

杏園堂もまたしかり、しょっちゅう遊びに行くのだが、院長に何か言われるとそれをものすごく気にしたりする。

 

実の親と院長に対する態度は私には全く同じに見える。親子ならではの甘えや、無茶をお互いにやっているような気がする。

 

というのが私の率直な感想。

 

杏園堂の皆様、そんな妻と私ですが、これからもどうかよろしくお願いします。

 

番外編・完

結婚式をやってみた・番外編⑤~落語~

最後の余興、すなわち私の落語の前にケーキ入刀。

 

ケーキもわざわざ用意してくれていた。しかも我々の似顔絵入りだ。

 

が、微妙に似てない。っていうか、私は全然似てない。

 

パンチパーマのおっさんがそこには描かれていた

 

そして、私の落語「替り目」。酔っ払い亭主がおかみさんに感謝する夫婦の噺だ。

 

私は以前、独身の時にこれをやった。

 

そこそこ受けたものの、自分では納得いかなかった。

 

それで封印していたのだが、毎日この噺の酔っ払いのように妻にじゃれているので、酔っぱらいと私とがリンクして出来が良くなったと思う。

 

でも、まくらの下ネタが結果的に一番受けてた。

 

パーティーの中締めの後、調理に忙しくて私の落語が聞けなかったリーさんのためにもう1席披露した。

 

っていうか、無理やりやらせてもらった。

 

ネタは「寿限無」。ご存じ、子供に長い名前を付ける噺だ。

 

我々も次なる目標は子供ですな。

結婚式をやってみた・番外編④~余興~

余興は全部で3つ。まずはスタッフたちの歌。

 

ウルフルズの「バンザイ」を全員で振り付きで熱唱。

 

が、練習する時間があまりなかったためか、ところどころずれていてそれがまた面白かった。

 

続いて、太鼓の達人のスタッフの太鼓とともに院長の歌…

 

自分では歌と言っていたが、ひたすら叫んでいただけである。

 

実はこの院長さんとはパーティーの前に話をさせていただいた。

 

まず、院長が今後の仕事の展望について語り、そして私が仕事の展望について語る…

 

のだが、はっきり言って、私には仕事の展望はないので、代わりに研究中の「幸福論」についてお話をして、大変意見が合った。

 

「パーティーの前、俺はまさしにインタビューをした。

 

するとまさしは『世の中で俺ほどの幸せ者はいない』と言いやがった!!(そこまでは言っていない)

 

まさしは幸せについて足りない頭で考えた!

 

幸せとは心の持ちようで決まる‼

 

それを教えてくれたまさしにアサンテ(スワヒリ語でありがとうの意)‼

 

イエーイ!アーユーハッピー!?

 

みんな、愛し合ってるかーい?!

 

お前ら、最高だ‼そんなお前らにもアサンテ‼ア―――ッサンテ―――――ッ‼‼‼」

 

という余興だった。

結婚式をやってみた・番外編③~祝辞~

パーティーが始まった。

 

まずは杏園堂が考えてくれた趣向でキャンドルリレー。

 

ろうそくに火をつけて回していき、最後に祈りを込めて炎を吹き消す。

 

続いて、我々からの結婚報告。これは妻が。

 

杏園堂院長夫妻からの祝辞。まずは奥さんから。

 

涙ぐむ妻。あなた、披露宴本番では泣きませんでしたよね?

 

まあ、それだけ思うところがあったのだろう。

 

しかし、ハンカチを忘れてきた妻。私の落語用の手拭いを貸してやる。

 

途中からは妻のエピソードがいろいろ暴露され、冷や汗を拭くのに使っていたようだったが。

 

院長の祝辞は「袋の話」だった。

 

「皆さん!結婚には大事な4つの袋があります。

 

まずはお袋、そして堪忍袋に給料袋。最後のひとつは、皆さんわかりますか?

 

(私:まさかあれは言わねーだろーなー)

 

そうです!金玉袋です‼(言っちゃったよ‼)

 

金玉袋、金玉袋です‼(連呼しちゃってるよ‼)

 

これをがっちりと、がっちりと握って‼(痛い、痛い、痛い‼)

 

しっかりつかんで離さないように‼(つぶれちゃう!つぶれちゃう‼)」

 

というわけで、院長の熱い金玉の祝辞で祝宴開始。

 

そして、さらに熱い余興が始まった。

結婚式をやってみた・番外編②~料理~

 

料理を担当してくれたのは妻の元同僚の旦那さん、ケータリング・リー。イタリアンの名シェフだ。

 

と言っても、本業で料理しているわけじゃなく趣味である。

 

でも、頼まれると出張して作ってくれる。プロ顔負けのすごい人。

 

杏園堂にはすごい才能の方ばかり集まる。

 

当日のメニューをこちらにも記念に残しておく。

 

前菜:春キャベツと山芋のフリッタータ、オクラのカポナータ、筍のサルサヴェルデ和え、ラディッシュのバーニャカウダ

 

前菜2:白魚のオムレット、エビとマッシュルームのアヒージョ、ブラックオリーブのクロスティーニ

 

スープ:新玉ねぎと新ジャガのポタージュ(自家製スモークサーモンとそら豆、酪恵舎のモッツァレラチーズとともに)

 

パスタ:厚岸産あさりとブロッコリーの煮込みペンネ

 

メイン:厚岸産牡蠣とホタテのソテー、バルサミコソースで

 

黒ゾイのソテー、キノコとズッパディペシェのソース

 

もう料理名だけでは何が何だかわかりません。食べたからわかってるけど。

 

そして、この日は私の要望により肉抜きメニューだった。

 

普段焼肉ばかりしているリーさんは苦しんだ。

 

でも、とってもおいしかったです。

結婚式をやってみた・番外編①~段取り~

428日、2度目の結婚披露宴が釧路で行われた。

 

と言っても、再婚したわけではない。当たり前だけど。

 

2月の披露宴に出席できなかった妻の鍼灸の師匠に報告に行き、ついでに釧路の仲間たちを集めてパーティーしたのだ。

 

会場はかつての妻の職場、杏園堂鍼灸院。

 

そこに、妻の友人と歴代のスタッフと現役のスタッフたちが集結した。

 

この杏園堂はお祭りごとが大好きだ。治療院なのに、杏園祭というお祭りをやったりもする。

 

一応、司会進行もこっちでやろうと思っていたのだが、すっかり段取りしてくれていた。

 

一方、我々はあまり段取り良くなかった。

 

まず、カメラの充電を忘れ、パーティー中にカメラ、ビデオ両方とも使用不可になる。

 

パーティーの4日前くらいになって、いきなり妻が「しおりを作りたい」とか言い出す。

 

披露宴のものを再利用できたからよかったが。

 

当日になって、釧路への途中、北見のイオンで服を買う妻。

 

「服を買いたい」と言い出した妻に、「毎回イベントの度に服買ってんだろう。片づけられないのに、これ以上服を増やすのか」と釘を刺したのがいけなかった。

 

「それもそうだ」と妻は思い直したのだが、持っていた服はジャケットとかばかりで、主役として着るには地味であったことに、当日になってようやく気付いたのである。

 

まあ、間に合ったからよかったけど。

 

ちなみに私は着物でした。

つづく

ハンガリー紀行㉕~時差ボケ~

約10日の旅程を終え、我々は白滝に帰ってきた。

ハンガリーもそこそこ寒かったが、こちらは一部吹雪いていたところもあってびっくりした。

妻は翌日から仕事、私も仕事の予定だったが、社長が休みをくれた。

もともと仕事のない時期を狙って旅行に行ったのだが、帰ってきてもまだ仕事がなかったのだ。

この休みは正直ありがたかった。私は疲れ果てていた。

なぜなら向こうで私は出し惜しみをしなかったからである。

「観光は闘いだ」「観光客に休みはない」の精神で常に臨んでいた。

で、時差ボケらしきものになりました。おまけに連日の飲み食いでお腹の調子も悪い。

この症状は4,5日続いた。

お土産を配りに行った先でハンガリーの写真やビデオを見せながら説明したりすると、まだ旅行中のような感じでなおさら疲れた。

少し落ち着いてから妻と遠軽に飲みに行った。

日本ならではのネオンの並ぶ光景に、「ああ、日本に帰ってきたのだな」と思った。

ハンガリー紀行・完

ハンガリー紀行㉔~ブダペスト空港にて~

時間管理能力が人間に備わっているとするならば、それが欠如しているのが妻である。

とは、妻の鍼灸の師匠の弁。

特に空港では時間ぎりぎりまで行動し、自分の名前が呼び出されないと飛行機に乗れないと思っている節がある。

帰りのブダペスト空港、相変わらず疲れのとれない妻は椅子に座って休んでいた。

そのスキに私はお土産屋をゆっくりと時間をかけて見て回った。

妻のところに戻ると、妻は「私も見てくる」と言い出した。まあ、まだ時間あるから大丈夫か。

しかし、一向に戻ってくる気配のない妻。私は昨年の5月のことを思い出した。

全日本合気道演武大会に参加すべく東京へ行ったその帰り、妻はやはりお土産を見に行ったきり戻ってこず、我々は呼び出しを食ったのだ。

やっと戻ってきた妻は、私の休んでいた椅子の目の前にあったチョコレート屋さんで最後の買い物を始めた。

すると・・・

「Masashi Kubota, please come to the gate No.○○・・・」

呼び出しきたーッ‼しかも英語だよ、当たり前だけど。

「おい、呼ばれてるぞ!早くしろ!」

「あんたがのんびりお土産見てるからでしょ!」

逆ギレされた。だって、あなた疲れてたじゃない。

というわけで、ハンガリーでもやらかしました。間に合ったからよかったけど。

余談だが、結婚指輪の代わりに、空港でスワロフスキーのペンダント(水晶)を買ってあげた。

「結婚指輪はいらない。あっても身に着けない」というのが我々の共通の意見だったのだ。

なので、代わりの品として買ったのだが、私は小遣い制なので安いもんだ。

あと、私の持論で「高価な宝石なんか持ってるとろくなことにならない」というのもある。

現に、宝石ではないが、以前ガラス細工のブレスレットを買ってあげたことがあった。

それを妻は酔っぱらって無くしました。

ハンガリー紀行㉓~ハンガリーあれこれ~

ハンガリーは温泉も有名だ。

もっとも、温泉と言っても日本のような温泉よりは温泉プールに近い感じらしい。

時間があればぜひとも入ってみたかったが、時期外れのため野外の大きな温泉はやっておらず、ホテル内の温泉プールをチラッとのぞいただけだった。

ハンガリーの人たちはやたらタバコを吸う。女性でもスパスパ吸う。

歩きタバコとポイ捨ても盛んだ。道路はタバコの吸い殻や吐き捨てたガムがいっぱいあった。

ジプシーらしき人達が雑誌とかバッグとかパンツとかを路上で立ち売りしている。あれで生計が成り立ってるのかが不思議だ。

プチケーキの屋台もあったが、たいてい山盛り置かれていて、本当に売れてるの?って感じだった。

移動はバスか路面電車か地下鉄。切符はどれでどこまで乗っても同じ値段。

路面電車とバスの場合は自分で切符を切らなくてはならない。

しかし、あまり切ってる人を見たことがない。タダ乗りが横行しているらしく赤字らしい。

たまに検察官が乗ってきて、タダ乗りが発覚すると切符代の10倍以上の罰金を取られる。

どんどん取り締まれば黒字になるだろに。

地下鉄では改札でチェックされる。

しかし、たまに出口でもチェックがあって、そこで引っかかる人がいるらしい。どういうことだ?!

治安はそんなに悪くなさそうであった。基本的にいい人が多いと思う。

バスなどでは率先して老人や子供に席をゆずる人が多い。

ちょっとしたことでもすぐに「ケセノム(ありがとう)」と言ってくれる。

人に話しかけるのが好きらしく、私がバスの中で目をこすっていると、目の前のおばさんが「目をこすっちゃだめよ」と言ってくれた。

思っていたより美人が多く、たいへん目の保養になった。

母曰く、「夏になると露出がすごい」とのことで、季節を間違えた。夏にもまた来たい!

2013年5月 2日 (木)

ハンガリー紀行㉒~アレを探せ!~

一人だけの街歩き、まだミッションは残っていた。

まず、屋台のあった地区からの帰りの路面電車がわからない。

仕方がないからひたすら歩く。ドナウ川に架かる橋も歩く。

そして、買うべきお土産が一つ残っていたのだ。それは会社の若旦那のお土産だった。

ビールとタバコだけではパンチが足りない。何か彼の喜ぶものはないか…。

ひらめいた。エロ本はどうだろう?

きっと若旦那はキャッキャ言って喜んでくれるに違いない。

こうして、お土産という大義名分のもと、エロ本探しが始まった。

が、どこで売ってるのかがわからない。日本みたいに大っぴらに売っていない。

まず、本屋。そもそも雑誌コーナーがなかった。雑誌はタバコ屋で売っているのだ。

雑誌をいろいろ見てみるが、ない。PLAYBOY誌はあった。

しかし、時折ヌードが出てくるだけで、全体的にエロ本とは言いがたい。

こんなものであの若旦那が勘弁してくれるはずがない。更なる刺激を!

普通のショッピングモールの地下に大人のおもちゃ屋さんを発見した。

あるのかよ、こんなショッピングモールにそんな店が!!

中へ入ってみたが、本当におもちゃばかりだった。しかも言葉がわからないからどういうものかわからない。

ハードルが高すぎます。そこまでのものは求めてないんです‼

店から逃げ出す私。このいくじなし!

雑誌コーナーに戻り、PLAYBOYの隣でビニールに包まれて中身の分からなかったそれらしい雑誌を買うことにした。

が、高い!しかし、もうレジに出しちゃった。

中を開けてみてみたが、はずれであった。そしてよく見るとロシア語で書かれていた。

輸入品だったのね。高いわけだ。

結局、若旦那はスナフキンが好きだったことを思い出して、ヘルシンキでストラップ買いました。

その後、日本へ入国する際に税関でわいせつ雑誌持ち込み禁止であることが発覚し、思わず笑ってしまった。

持ってくなってんならわかるけど、持ち込むなだと?エロ本大国が何を言うか。

大体、日本じゃ空港でも売ってるじゃねえか。

ハンガリー紀行㉑~ひとりでできるもん・お土産探し~

旅に出るのは良いけれど一番困るのはお土産だ。

お土産屋はそこらじゅうにあった。やれ、マグネットだのキーホルダーだの。

でもなぁ、そんなもんもらっても邪魔になったら困るし…

とりあえず、お酒を飲む人にはワイン、社長はビール派だからビール。あとはタバコ。

女の人にはお菓子。でも普段お世話になっているおばちゃんたちにお菓子だけではパンチが弱い。

なにかないかと、屋台が沢山出ている地区へ来た。

ついでに遅めの昼食も済ませた。

パンとピザの買い食い、歩き食い。ハンガリーでは結構やってる人がいて、これがまたうまそうなんだ。

おばちゃんたちへのお土産は石鹸に決めた。

はじめてのおつかい、ちゃんと「ひとりでできるもん」でした。

ハンガリー紀行⑳~続・動物園~

中に入れる展示スペースは結構あった。

インコの小屋もあって、そこではインコが客の肩や腕にとまってくれるので、みんな大喜びだ。

驚いたのはサルの一種の小屋の中に入れたこと。

動物園の裏側を見れるところもあった。どうやって卵をふ化させているのかとか。

他にも植物園もあれば、虫や爬虫類ももちろんいる。

さらには魚や化石(模型?)、巨大海洋生物の模型、恐竜の模型などありとあらゆる展示があって、何が飛び出すのかワクワクしっぱなしであった。

さらには檻の中に人間が入っていてびっくりした。

と思ったら、カラの檻を清掃中の職員だった。

そして、ここでもトイレトラブル。

広いわりにトイレの数が少ない。私はうんこがしたかった。

やっと見つけて用を足してから気が付いた。紙が備え付けられていない!

ティッシュの持ち合わせもなし。仕方がないのでお尻を拭かないままズボンをはいて外に出ると、

扉の外側につけてあった。

つまり最初に必要な分だけ取って用を足さないといけなかったのだ。

なぜそんなシステムに!?

まあ、そんなこんなですべての動物を制覇。動物園を出てから気が付いた。

そういえば、ナマケモノの檻に入ってないぞ?

あとで調べたら、閉館していた施設がナマケモノの小屋だったことが判明した。残念。

ハンガリー紀行⑲~ひとりでできるもん・動物園編~

最終日は妻を置いて、私一人の自由行動となった。

なんとなく地理も路面電車や地下鉄の乗り方もわかったし、簡単な英語なら通じるし、何より行きたいところがあった。

ブダペスト動物園・・・私の最もお勧めするブダペストの観光スポットがここだ。

母情報では、「展示の仕方が面白い」、そして「ナマケモノの檻に入れる」とのこと。私のハートをわしづかみだ。

「ヨーロッパに来てまで、なんで動物園に行くんだ」と言っていた妻もダウンした。異国の動物園だから気になるんじゃないか。いざ行かん。

入園した。さあ、どんな動物が出てくるんだろうと歩を進めると、最初に出てきたのが

日本庭園

と漢字で書かれた看板だった。

そしてさらに進むと「盆栽展」が現れた。

私がブダペスト動物園で最初に見たものは盆栽であった。おーい!!

めげずに進む。この動物園は外に出ている動物たちと、「オーストラリア館」とか「アフリカ館」といった具合にテーマごとに建っている建物からなっている。

まずオーストラリア館へ行く。読めるハンガリー語は「入り口、出口、立ち入り禁止」の3語だけだ。どんな動物が出てくるのかもわからない。

扉の向こうが暗い部屋で、しかも中から何か鳴き声が聞こえてきたりすると、何が出てくるのかスリル満点だ。

なにしろ気づいたら、ナマケモノの檻の中でした。ってことがあり得る場所だ。

暗闇の中でいきなり足もとに丸い毛のかたまりが出現。

なんと、狸か大きなネズミみたいなやつが足元で寝ていた。触ろうと思えば触れる。

っていうか踏みつぶされる恐れがあるんですけど。大丈夫ですかね。

そして頭上ではコウモリが飛んでいた。コウモリは超音波でかわしてくれるだろうけれど、なるほど、気が付くとそこは動物の檻(展示スペース)の中であった。

つづく

ハンガリー紀行⑱~妻ダウン~

ブダペストに戻ってきた。連日の観光の疲れは私はウィーンがピークであった。

妻とお互いに足を踏みあう楽健法というマッサージをすると疲労は軽減した。

寝る前のマッサージは重要だ。

一方、妻は慢性的に疲れていた。観光のせいもあるが、もう一つは

新婚旅行なのに「お義母さんといっしょ」という精神的なプレッシャーからくるものであった。

別に嫁姑的ないがみあいはないし、母もそれなりに妻に気を使ってくれるのだが、勝手に気疲れしたのだ。

出ました。シシィ症候群。気にするこたぁないのに。

「あんたは実家に帰ってきてるだけだからいいけどさ…」

妻は私にそういうが、実家って言ってもハンガリーに来てる時点で、私にとっても若干アウェー感のあるホームなんですけど。

それでも2日間、スーパーで買い物をしたり、アクインカム遺跡という遺跡を見に行ったりした。

そして、ブダペスト最終日。とうとう妻はダウンした。

帰国してからの仕事のことも考えて、一日ベッドで安静にしていた。

私はそんなかわいそうな妻を横目に・・・

一人で遊びに行きました。

最後の冒険が始まる。

ハンガリー紀行⑰~トイレ~

ウィーンの2日目はナッシュマルクドという屋台通りや街中でお土産探し。

そして美術館でフェルメールを初めて拝んだ。

・・・だんだん書くことがなくなってきたので、もう一つウィーンのカフェでのエピソードを付け加えておく。

基本的にこちらは公共のトイレが少ない。

そして有料のトイレなんかがあったりする。

シェーンブルン宮殿にも入り口近くに有料のトイレがあって、妻はそこで用を足したのだが、そこからもう少し進むと普通に無料のトイレが出現した。

じゃあ、最初から金取るなや!それとも最初のトイレは個人事業だったのか?

話を戻して、カフェのトイレもとてもオシャレで、すっかり観光客のカメラ小僧になっていた私はそのトイレでも一枚パチリ。

そしておしっこをして、トイレの外に出ると、隣のトイレからおじさんが出てきた。

私が用を足したのは女子トイレだったのだ。

よく見ると確かにスカートをはいた女子のマークが描かれていた。黒で。

まぎらわしい!

そして「女」とも書いてあったのだ。ドイツ語で。

読めるか!

小便器がないから変だなとは思ったけどね。人がいなくてよかった。撮影までしちゃったよ。

隣のトイレから出てきたおじさんには鼻で笑われてしまった。

ハンガリー紀行⑯~シシィ~

カフェで昼食をとって、シシィ博物館へ。

シシィとはオーストリア皇妃エリザベートの愛称で、絶世の美女でもあるため人気が高い。

シシィはいとこでもあるフランツ・ヨーゼフに見初められる。当初はシシィの姉を嫁がせる計画だった。

自由を愛したシシィは宮廷での生活に全くなじめず、また姑ともうまくいかなかったため、次第に公務から遠ざかり、旅行ばかりするようになる。

趣味は詩と乗馬。乗馬はかなりの腕前で、自ら進んで危険な走りに挑戦した。

そして、美貌を維持するために努力を惜しまなかった。

常に自由を求めていた彼女は、たまたま目をつけられたイタリア人のアナーキストに心臓を刺されるが、刺されたことにも気づかず、間もなく望み通りの死を遂げた。

簡単に言うとこれがシシィの人生なのだが、思ったんだけど世の中の女性の不幸はすべてこのパターンにはまるんじゃないのか?

そして、だからこそ彼女の生き方は今でも共感されるのだろう。

要するに、現実を受け入れられず、現実を楽しもうとしないとこういう生き方になる。たとえ、それが自分の望まなかった人生であったとしても。

そう思った。

女性は幸せになるべきだ。でないと、男も幸せになれない。

2013年5月 1日 (水)

ハンガリー紀行⑮~ケーキ~

ウィーンのカフェに限らず、ケーキは結構食った。

せっかくなので、日本であまりお目にかかれない感じのケーキを選んだ。

と言いつつ、普通にチーズケーキを食べたこともあったが。

ウィーンのカフェで私が選んだのは、オーストリアの画家・クリムトの代表作「接吻」の絵が上に乗っているケーキだった。

絵の部分は飴細工で、肝心の本体の味はよくわからなかった(おい!)。

その後、別のカフェでマジパンの乗ったケーキも食べたが、これもよくわからなかった。

ハンガリー生まれのドボシュトルタという、カラメルを塗ったクッキーの乗ったケーキもよくわからなかった。

味覚障害か、お前は!

結論、ケーキは日本の方がうまい。でもチョコケーキはいけるかな。

チョコケーキといえば、ザッハトルテというチョコケーキもオーストリアのケーキだ。

ホテルザッハーのオリジナルケーキだが、デーメルというライバル店にもレシピを知られてしまい、裁判の末に両者ともザッハトルテを名乗っていいことになったらしい。

しかし、今やザッハトルテ自体がケーキの品名として定着しすぎて、どこのカフェでも出していた。

それはさておき、妻の夢その2はホテルザッハーのオリジナル・ザッハトルテの購入で、これも叶った。

このケーキは日持ちがするので、かなり甘い。ちょっと甘すぎるかも。北見のケーキ屋さんの方がうまい(おい!!)。

さて、妻がウィーンのカフェで注文したのはアップルシュトゥーデルの生クリーム添えだった。

さらに、ここぞとばかりに生クリーム入りのコーヒーも頼んだ。

妻は胸焼けをおこした。

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