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2014年1月

2014年1月26日 (日)

鏡開きに思う⑤~昇るということ~

室蘭からの帰り道、縁があって彫刻家の原田ミドーさんという方にお会いした。

それから色々お話を伺ったのだが、二日酔いの症状が悪化してきて、座っているだけでも若干つらかった。

しかし、印象的な一言があったので記録しておく。

「俺も50になったんだけど、最近、年を取るのが面白いってことに気づいたんだよ。どうして、誰も教えてくれなかったのかなぁ。年を取るのが面白いってことを」

曰く、年を取ることで世の中の見方が変わってくる。その変化が楽しいらしい。

面白いことを言うなと思った。アンチエイジングなんてことはする気もないが、老化を楽しもうという発想もなかった。

年を取るということは失うものもあるが、得るものもある。

旭川の先生は

「若い頃は肉体的な稽古ばっかりやった。でも、今は力がないからできないんだよ。どうやって力を抜くかっていう稽古に自然となる」

とおっしゃった。合気道の場合、それは最初から理想ではあるが、次元の高い稽古だ。

少なくとも、学生だった私にはできなかったこと。当時はどんなに力を抜いても力が入っていた。

最近思うこと、それは低い次元にいる限り、高い次元のことはどうしても理解できないということ。昇ろうとしない限り。

戸田先生の合氣道は学生には理解しがたい。それは戸田先生が現在の師匠を理解できないのと同じ。

でも、食らいついていかないといけない。いつか分かる時が来るかもしれないから。

そう思った。

おしまい

鏡開きに思う④~戸田先生その2~

帰る前に戸田先生宅へご挨拶に。

例によって大型犬が熱烈にお出迎えしてくれた。

顔と手をたっぷりなめられる。アルコールのにおいが好きらしい。

それからまた戸田先生と語る。

先生が現在師事されている名古屋の先生の事。

「太陽と会話ができる」とか「地震を予知した」とか「殺す気でかかっていかなければものにはならない」とかすさまじい話ばかりだ。

「その先生が俺に向って言うんだよ。『感謝してるのか?』って。空気を吸えることを当たり前に思っちゃいけない。空気にも感謝しろって。俺、そんなこと考えたこともなかった。どういうことなんだろうなぁ」

私は精神面から合氣道をとらえることが多いので、感謝の重要性をよく理解しているが、武闘派の先生は首をかしげるばかりであった。

すると、我々の会話を聞いていた奥様が

「なんだか気とか技術のことばっかり話してるけど、突き詰めていくと精神修行なんじゃないの?二人とも精神修行が必要よ!」

と言い出した。

「いや、私はやってるつもりですが。」

「つもりじゃだめよ!やってますってはっきり言わなきゃ!畑仕事が終わったら、畑の真ん中で瞑想しなさい!」

「瞑想したことあるんですか?」

「私はないけど、人に勧めてるの」

こんなことを言い出した奥様に、戸田先生も居心地が悪くなってきたのか

「朝飯食いに行こう」

と言いだした。

それから「すき屋」へ行き(戸田先生は牛丼が好きである)、その後「お茶でも飲もう」と言って、工大の近くのケーキ屋さんに行った。

まさかの組み合わせ、戸田先生とケーキ屋。初めてだったが不自然ではない。

そして、先生はかぼちゃのモンブランを嬉しそうに食べるのであった。

2014年1月15日 (水)

鏡開きに思う③~戸田先生~

稽古を終えて、皆より遅れて飲み会の会場・明徳寮の談話室へ移ると戸田先生が子供たちと百人一首をしていた。

子供と無邪気に遊ぶ戸田先生、これまた毎年恒例である。

それから、みんなでお雑煮とお汁粉をいただく。

我々はまずビール、そして秋田の学生がわざわざ買ってきてくれた日本酒へ移行。

戸田先生はウィスキー。そうだった、戸田先生と言えばいつもウィスキーであった。

このウィスキーが効いたのか、面白い話をたくさんしてくれた。

少林寺拳法時代のやんちゃな武勇伝、合気道部にも道場破りが来る時代のこと、大先生の直弟子を訪ねて回った日々・・・中でも先生が一番感銘を受けたのは大澤喜三郎先生であったという。奇しくも尾﨑先生の師匠である。

だが、戸田先生は私に向ってぽつりと言った。

「最近の学生は俺のところに来ない」

我々の時代、稽古時間が終わっても誰かかれか先生に疑問をぶつけに行っていた。そして投げられていた。

今の学生にはそれがないという。先生はとても寂しそうだった。

久々に私は先生と語り、そしていつの間にかある伝統芸をやらされたりしていた。

気が付くと意識を失っていた。

起きてから先生に電話すると

「いや~、俺も今起きたんだけどな、記憶がないんだよ。悪いことしなかったよな?」

先生はやはりやんちゃで、そして上機嫌であった。

鏡開きに思う②~稽古の感想~

有段者の部員と稽古をした。

初段になった女子部員と二段のN、二人ともしっかりした技だった。

私が現役だった頃は有段者のレベルが低かったので、これは嬉しかった。

特にNは二段の実力をちゃんと身に着けていた。私が二段のときはとりあえずの初段卒業程度の実力だったのに。

もっとも、Nの場合、稽古日数が私よりずっと多いのだが。

でも、ちゃんと戸田先生の教えを自分なりに吸収して消化してるなと感じた。

一方の私の技だが、ビデオで確認したが、相変わらず雑だなぁ。

ただ、動きは何となく戸田先生に似てるのだ。一時期、離れようとしたのだけれど、結局私の原点なのだ。

戸田先生の技も見ようによっては雑な印象を受ける。

イタリアの友人は演武を見て「この先生は短気だろう」と評した。

ほれぼれするくらい美しい技を行う先生もいらっしゃるが、戸田先生はちょっと違う。

しかし、人を惹きつける魅力の塊なのだ。

その理由は飲み会で改めて判明する。

戸田合氣道は実戦を常に意識しているのだ。形だけじゃない合氣道に凄みを感じるのだ。

鏡開きに思う①~稽古~

毎年恒例の室蘭鏡開きへ行ってきた。

ちょうどこの頃は天気が荒れる。悪天候の中の運転も毎年恒例だ。

例によって高速道路は美唄から通行止めとなり、下を走るも除雪による渋滞が発生。

いつもはなんだかんだで余裕で着くのだが、この日は1時間遅刻してしまった。

道場ではすでに稽古が始まっており、子供の部が終了する頃であった。

続いて大人の部へと移った。まず、戸田先生が姿勢や入り身について説明された。

そして、OBによる稽古。今回は私と初代主将のKさんの二人だけ。

私は現在、技を見直している最中なのであまり多くを語れなかった。

とりあえずの稽古時間が過ぎて、自由稽古。

まず二段になったNを投げる。が、Nが受け身で金玉を強打してしまい、終了。

戸田先生にお願いして投げてもらう。例によってボロ雑巾と化す。

その後、回復したNにも投げられる。遅刻した分の稽古量はばっちり取り戻した。

つづく

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