無料ブログはココログ

« 2014年8月 | トップページ | 2015年7月 »

2014年11月

2014年11月22日 (土)

誕生⑦~命名~

子供の名前は結構考えた。

一応、画数なんかも気にしたので、つけたい名前がつけれなかったりして難航した。

特に私は女の子だと思っていたので、男の名前はあまり考えていなかったのだ。

で、いろいろ考えて、妻も妻なりに考えてくれたけど、結局私の考えたシンプルな名前に決まった。

ある人から「ひねりがなくてつまらない」とも言われた名前だが、ちゃんと意味がある。それも結構重要な意味が。

その名前は両家の祖父(つまり我々の父)から一文字づついただくというものだった。

私の父の一文字は私の名前の一文字でもある。しかし、あくまで父の文字という意味がある。

なぜなら子供は家族の幸せのために生まれてくると思うからだ。

人間のあらゆる問題、不幸は元をただせば家族間の問題に原因がある。

夫婦間、親子間、嫁姑間のトラブルがそれぞれの性格や周囲に影響をもたらし、その悪影響がやがては社会的な問題になる。私はそう考える。

そして、家族は不思議と同じ問題を繰り返し続けるのだ。

虐待された子がなぜか自分も虐待する親になったりする。

愛を知らない子は人を愛せなくなる。愛を知らないまま大人になって、そのまま政治家にでもなったら、平気で戦争を起こす人物になるかもしれない。

愛し合っていてもお互いに傷つけあうケースもある。すれ違いから生まれたひずみもやはり次の世代に引き継がれていく。

これらの家族トラブルの元凶はなんなのだろうか。

私はそれが愛か感謝の欠如であると考える。

お互いに愛を認め合うこと、そしてその愛に感謝をすること。

それだけで、どれほどの悲劇が防げるかわからない。

子供が無垢なまま生まれるのは人々にその愛を再認識させるためである。

私は息子が生まれたことで、両家が愛を確認しあい、家族間のトラブルを解消し、次世代に持ち越さないよう祈りを込めて、両家の一文字を息子に与えたのだ。

息子が家族をはじめ、あらゆる人から愛されるように。

そして、あらゆる人を愛せる人物でいられるように。

おしまい(今回は補足もなし)

子供が生まれて・補足

っていうか解説?野暮だがね。

この詩はある文集のために書いたもので、息子が生まれてからの心境の変化をなるべくまとめようとしたものです。

以前にも書いたように、新しい命はメッセージを持って生まれてくる。そのメッセージにどれだけ気づくことができるかは人それぞれなんだろうけど、私の場合は毎日混乱するほどにメッセージを受け取っていた。

今までの景色も息子の目を通して見るようになった。見え方が全然変わった。

人からのどんな些細な意見も、息子からのメッセージととらえた。そして、そのメッセージにとことん向き合って苦悩した。

価値観は根底から覆った。

基本的に、子供の方が偉いというスタンスはそのままなのだが、いかに大人が愚かしく、間違っていることか。

そして、やがて息子もその大人たちの中で暮らしていかなくてはいけないのだ。どうすれば、持って生まれたものを無くさずに社会に適応させられるのだろう。

大抵の人は子供ができて、仕事に精を出すようになる。

しかし、その仕事の内容が肝心だと気が付いた。

今までの私の生き方はすべて自分のためのものだ。

白滝という土地を選択し、落語や合気道などの趣味のために働いていた。

しかし、息子のためにできることはなんだろうと考えると、今までにこだわっていたことへのこだわりはどんどんなくなっていく。

息子は私に生きるということを真剣に考えさせてくれた。

人は高次元のものに触れ、自らを高めていく。

私にとってその対象は間違いなく息子だ。

息子は日々、私を高めるべく導いてくれる。

やはり息子の方が私よりもずっと偉い。

誕生⑥~子供が生まれて~

子供が生まれて世界が変わった

景色の見え方が 価値観が変わってしまった

世の中はなんと愛に満ちているんだろう

だけど 多くの人がなぜそれに気づこうとしないのだろう

愛さえあれば誰もが幸せになれるのに つまらないことで争ったり ねたみあったりしている

赤ちゃんは愛を持って生まれてくる

でも そんな大人たちの姿を見て育ったら やがて愛を見失ってしまうだろう

男はどうして女性に対していばるのだろう

大人はどうして子供に対していばるのだろう

いばっている人間は 自分がいつも正しいと思っていないだろうか

本当に正しい人間なんてこの世にいるのだろうか

親になったのだからしっかりしなくちゃと言われる

しっかり生きるってどういうことだろう

お金を稼ぐことだろうか

お金を稼ぐだけなら泥棒でもできる

盗んだお金で子を養うことは子供のためになるのだろうか

誰かを犠牲にして 子供は幸せに育つだろうか

大切なのはお金じゃなくて 生き方ではないか

お金よりも大地を 空を 海を大切にしなくてはいけない

それらは我々が子供から借りているだけのものなのだ

そんな当たり前のことに気づかせてくれてありがとう

我々は子供に試されている

我々は子供から学ばなくてはいけない

きっと それが子供が生まれてくる理由なのだ

出産・補足

妻が出産の一番の参考にしていたのが吉村正という先生。

愛知県に自然な出産を補助する診療所を構えている。

この先生が提唱しているのが「ぱくぱく、ごろごろ、びくびくしない」ということ。

食べ過ぎず、休みすぎず、恐れるなということ。

赤ちゃんのためにと言って食べずぎて、体を休めるのはNG。

体重が増えすぎるとお産の時にも相当な負担となる。昔の女性はお産の直前まで働いていた。

吉村先生のところではとにかくスクワットをさせる。妻も結構やっていた。

そして、出産を恐れないこと。…と言っても、出産を単に痛くて苦しいものにしてしまったのは、西洋的思考による産婦人科のせいなんだけど。

その最たるものが帝王切開とか会陰切開だが、日ごろからきちんと体を作っておけば必要ない処置である。

妻にしても、とにかく切開だけは避けたかったので、スクワットに加え、会陰マッサージも積極的に行っていた。というかマッサージは私の仕事だった。

それが功を奏したのか、切開なしで気持ちよく出産できたので、ちょっと促進剤に頼っちゃったことなんか問題にならないくらい出産は成功だったと思う。

ただ、反面、母乳マッサージの方がちょっとお留守だったらしく、出産後のホントにちょっとだけ乳が出なくて悩んだりもしていたが。

2014年11月21日 (金)

誕生⑤~出産~

生まれるということは大冒険だ。

心地よかった母親の胎内を離れ、未知の世界に飛び出していかなくてはいけない。

赤ちゃんにとって最も大事な最初のステージ。だから私は最後まで立ち合いたかった。

一緒に分娩室へ入り、一部始終を見守る。

グロテスクを嫌がって立ち会えない男性がいるとか、立ち会ったショックでインポになる人がいるとかいう話は私にはあまり理解できない。

出産がそんなにきれいなわけはない。そんなことは始めからわかっていることだ。

でも、たとえどんなに壮絶だとしても、幸せと祝福の中で行われなければいけない。

そのために男ができることはただ見守ることだけだ。

頭が見えてきて、私は小弓に声をかけた。「小弓ちゃん、がんばれ!」

看護婦さんたちも一緒に声をかけてくれた。

そして、私と看護婦さんたちに見守られながら、小弓は誕生した。

「男の子だ!」と私が言うと、看護婦さんたちは驚いていた。

小弓と呼んでいたので、勝手に女の子だと思い込んでいたらしい。

感激して泣いちゃう人もいるらしいが、特にそういう感動はなかった。

妻に感想を聞くと、妻は「気持ちよかった」と言った。

その一言で十分である。お産は恐怖の対象ではなく、喜びのうちになされなければならない。

2014年11月19日 (水)

陣痛・補足

我々が否定的なのは促進剤だけではない。

本当は自然分娩とか自宅出産が理想で、病院にはなるべくかかりたくなかった。

最初は旭川の助産院も考えたが、やはり遠いので、結局は遠軽の病院にした。

ここはカンガルーケアなど、わりとお産に理解があるところで助かった。

病院のお産は異常の起こらないお産が第一である。

しかし、それは病院の保身のためでもあり、母子の都合をきちんと考慮していないこともあって、必ずしもいいお産になるとは限らない。

自然界ではまったく異常が起こらないことなんかない。

形式化されたお産は不自然であり、それは母子にもとても影響する。

今回は促進剤を使用する羽目になったのが残念だったけれど、幸い妻には副作用は出なかった(ちなみに副作用とは単に都合の悪い作用であり、結局は主作用の一つに過ぎない)。

きっと、副作用がなかったのは、妻がお産のために体づくりを心がけていたからだろう。

本来、お産とは病院任せにするものではなく、母親が本能に従って行うものなのだ。

2014年11月17日 (月)

誕生④~陣痛~

「陣痛が始まったみたい…」

妻に起こされたのは、ちょうど妻の実家に泊まっていた時だった。

妻の実家は道場のすぐ近くなので、稽古日の時は実家に泊まる。

息子はちゃんと私がいるときを選んでくれたのだ。

早朝だったが、病院へ。出産はどうしても見届けたかったので、ずっと一緒に病室にいた。

が、なかなか生まれない。

私のイメージしていた出産とはなんだか違った。

私のイメージでは女性が汗だくになって絶叫したりする感じだったのだが、それは最終段階だったのですね。

繰り返し襲ってくる陣痛の痛み。そのたびに妻の背中をさする。

しばらくすると痛みが治まる。それをひたすら行った。

「いつ生まれるんだろう?」というのが正直な感想であった。陣痛の痛みって治まった方がいいのか?

見かねて、看護婦さんが陣痛促進剤の使用を促したが、妻は拒否した。

私も促進剤は嫌だった。

副作用とかそういうむつかしい話は脇に置いておいて、薬の力で手助けされて生まれてくるというのはどういうことか考えるに・・・

登山をしていて、自分の足で登頂を目指していたのに、途中からロープウェーに乗せられちゃうみたいなもの?

赤ちゃんにとって人生のスタートでいきなり挫折を経験させてしまうのではないかと感じていたからだ。

しかし、最終的に妻は承諾した。

「体力的にきつくなってきたし、この子も十分頑張ったから許してくれると思う。」

その一言で私も承諾した。

で、促進剤打ったら結構早く生まれました。

でも私は促進剤反対派。基本的にクスリは反対。

« 2014年8月 | トップページ | 2015年7月 »