無料ブログはココログ

« 2014年11月 | トップページ | 2015年8月 »

2015年7月

2015年7月26日 (日)

親との関係

親との関係はその後の人生に大きな影を落とし、そして、それは自分の子にも受け継がれてしまう。

負の関係と連鎖に陥っている人は自分の代で終わりにしよう。
または、子供を通じて修復していこう。

...

修復の難しい家庭もあると思う。
何ぬるいこと言ってんだ、って声もあると思う。

でも、私はそう思っている。

一番簡単な修復法は感謝すること。
とにかく感謝すること。

それが、誰もがまずやらねばならないことだと、そう思っている。

2015年7月20日 (月)

SOと私①

SOUL'd OUTについて書きます。

SOUL'd OUT(以下SO)とはヒップホップをベースとした音楽グループである。

メインMCのDiggy-MO、MCとヒューマンビートボックスのBro.Hi、トラックマスターのShinnosukeの3人からなる。11年にわたり活動し、2014年に解散した。

私が彼らを知ったのは、ジョジョの元ネタになったから。

漫画「ジョジョの奇妙な冒険」第7部にウェカピポ、マジェント・マジェントと言うキャラクターが登場し、それぞれSOの「ウェカピポ」「Magenta Magenta」と言う曲からきている。

ジョジョの元ネタと言うことで聞いてみた。

驚いた。この人たち、本当に日本人か?!ってカッコよさ。

それからSOにはまり、聞くほどに魅力を発見し、生き方にも影響を受けるようになっていく。

というわけで、まずは1stシングルの「ウェカピポ」をお聞きください。

https://www.youtube.com/watch?v=2IZbzRj3CJk

まだ、この曲については詳しく語れないので、今回はここまで。

やっぱりライブ版に慣れてくると、通常版はちょっと物足りないですね。

次元

息子が椅子によじ登れるようになってきた。

が、自分では降りられない。頭から降りようとしたりして、かなり危ない。

降りられないところに登るなや!

・・・と言いたいところだが、考えてみるにそういうことはよくあるし、登る意志があるということはとてもいいことだ。

椅子を「次元」と言う言葉に置き換えても同じことが起きる。

高次元に上がると、もう下には降りられない。

例えば、談志のイリュージョン落語、ピカソの抽象画、合気道家の触れないで投げちゃう演武・・・

次元の低いところからはそれが何なのかわからない。

「ちゃんとした落語をやってくれ!」
「誰にでもわかる絵を描いてくれ!」
「実戦的な技を見せてくれ!」

そんなことを言われても、もうそこへ降りていくことはできないのだ。

かくいう私も、息子によって「父親」と言う次元に引き上げられてしまい、過去の自分とはもうまともに会話ができないだろう。

2015年7月19日 (日)

まさや味噌作りプロジェクト

巷に出回っている「食」は結構ヤバい。

野菜は農薬以前に種がヤバい。F1や遺伝子組み換えなど。

...

肉は餌がヤバい。魚も海水汚染がヤバい(これは我が家ではあまり気にしてません。放射能とか、もう逃げ場がないし)。

原料が良くないところに、さらに人体への影響がよく分かっていない添加物を使用する加工食品。

電子レンジやIHでの調理。

例を挙げればきりがないし、とことん食にこだわりぬくのは精神的にも経済的にもきつかったりする。

なので、我が家ではとりあえず調味料にこだわっている。

ところが、世間では調味料もどきが平然と出回っている。

毎日使うものなのに、大丈夫なのか。

特に味噌や醤油は、長い期間発酵させてなんぼのものだ。それがわずかな期間で似たようなものが作られ、出回っている。日本人としてかなりヤバい。

というわけで、我が家では昨年から味噌づくりを行っています。もちろん原料にもそれなりにこだわってます。

一日に一杯具だくさんの味噌汁を食べれば、それだけで健康を維持できるって話もあるからね。味噌はかなり重要。

食にあまりこだわりのない方も、まずは調味料を見直してみませんか。

「食」を考えることは人生や環境について考えること。

2015年7月18日 (土)

子供の力

子供には不思議な力があります。

もし、近くに小さな子供(小学生くらいまでかな)がいれば、ぜひ実験してほしいのですが、子供と大人と同じように押してもらって、力の伝わり方の違いを感じてみてください。

大人に押されると反発したくなりますが、子供の力はすーっと抜けていきます。

受け身が取れて、感度の高い人ならそれだけで倒されてしまいます。

子供って本当にすごい!

一見無力な赤ちゃんでも、ちゃんと完成体として生まれてくるのです。

さらに面白いのは、大人でもこの力を簡単に手に入れることができることです。

どうすればいいのか。子供に触ってもらった状態で押すだけです。

それだけで、子供と同じ力の出し方ができます。本当に不思議。

ですから、子供を抱いている親は、それだけで通常より強い状態になっているのですね。

詳しくは琉球空手の宇城憲治さんと言う方の「子供にできて大人にできないこと」(どう出版)を参照ください。 体内記憶と並んで、子供の能力のすばらしさを知った本です。

2015年7月15日 (水)

合気道論3

合気道について書きます。

合気道の目的が宇宙平和とか言われてもわけわかんないし、宗教じみてくるけれど、それが理想である以上、どうすべきかってことは考える。

平和=みんなが幸せってことなら、まず自分から幸せになればいい。

...

そして、それが人が生きる目的なのではないだろうか。

私が幸せであるために心がけていることは次の4点。全部つながってる。

1、幸せの基準を決める

2、怒らない

3、感謝する

4、愛する

特に家庭内で心がけるべきだと思うのは2の「怒らない」。

なぜなら、その背景に1,3,4も集約されているから。

全家庭でこれができれば、この世から戦争はなくなる。

すごく簡単なことだと思うんだけど、できない人が多い。

2015年7月14日 (火)

合気道論②

合気道の目的

私の場合・・・一番最初は「打倒柔道!」。

高校時代は柔道をやったので、大学では柔道をお休みして、合気道の技法を覚えて柔道にカムバックする予定だった。

...結局、合気道の方にはまったけどね。

そして、結局大学でも柔道部に遊びに行って、受け身取れなくて怪我したりしたけどね(この経験から私は受け身の研究をすることになる)。

白滝時代はひたすら「技法の研究」。

が、たくさんのお客さんから教わるあまたの技法を処理できず、その状態のまま指導を行うことと、稽古相手がいないことから白滝道場での稽古は破たん。人間関係でも大失敗。

ということで、中湧別では「人との接し方」。

いまだにできてない。白滝での失敗は確実に私を対人恐怖症にしてしまった。

指導者としても一からやり直して、女性や子供に教え続けているうちに、また合気道を通じて見えるものが変わってきた。

それは大人たちの嘘であり、社会の嘘、固定観念や常識の誤り、思い込みの恐ろしさなど。

今、私の合気道の目的はそれらすべてからの「解放」である。

人間はもっともっと自由に楽しく生き、自分を輝かせていかなくてはいけない。

そうすることで、最高のパフォーマンスを発揮できるのだ。

そして、もちろん合気道の最終目的は開祖の説く「宇宙平和」である。

理想の時代が訪れた時には、人類にとって合気道はもはや不要になるだろう。

というわけで、合気道の目標は「この世から合気道を無くすこと」。

今は合気道が楽しく感じるくらいのレベルの低さなので、せっかくなので楽しんでるけどね。

どうせなら、楽しみながら成長しようよってことで。

2015年7月13日 (月)

合気道論1

合気道について書きます。

まず、合気道家とはどういう人のことを言うのか?

私の定義ではあらゆるものから「気づきのヒント」を得て、それについて真剣に向き合い、考え、自らを向上させ続ける意志のある人。

なので、別に合気道を稽古していない人でも、「この人、合気道家だな」って思う人はたくさんいるし、逆に道場では熱心に稽古しているけど、「それほど合気道家じゃないな」って人もいる。

生意気論

私、生意気らしい。

色んな人に言われる。結構凹む。

そう思われないようにおとなしくしているつもりなのに・・・。←この「つもり」ってのがよくないのか?

しかし、よく考えてみると、私の生意気さはかなり浅いレベルで指摘されている気がする。

つまり、人に対する態度のことだと思う。これが浅い。

深く考えていくと、ほとんどの人は生意気すぎる。私だけが生意気ではなかった。

まず、大人は子供に対して生意気すぎ。

子供を未熟な人間だと思って見下した対応を取っていないか?何様?

次に女性に対して生意気な態度をとる男も多い。女性がいなきゃ男は生きていけないのにね。

つまり、私の価値観では成人男性がもっとも生意気な傾向にある。

次、人類全体で見ていくと、皆さん命に対して生意気すぎ。

殺す必要のない物を含め、微生物や菌を大量虐殺。

そして、動植物の命を奪う。

生きていくのに必要な分以上に。

そして、ついには同種である人間の命をも軽んじて、生意気にも戦争や殺人を犯しやがる。

命に対して生意気なので、当然食に対しても生意気です。

平気で食べ物を粗末にするからね。どんだけ生意気なんだって。

あとは、社会に対する影響をたいして考えもせずに色んなものを作り、宣伝し、そして消費者も考えずに購入しまくっている。

「未来」に対して生意気すぎます。

もしも、森羅万象あらゆるものに対して敬意をはらいながら生きている方がいて、その人に「君は生意気だ」と指摘されたら、私も態度を改めよう。

そんな人は、誰かに対して「生意気だ」なんて生意気なことは指摘しないと思うけどね。

まさやゴミ拾いプロジェクト

息子が生まれて1年が経過したのにも関わらず、息子のためになるようなことは何もしてあげられていないので、些細なことから始めようと思い、一日一つゴミを拾うことにしました。
些細だな!...

今まではゴミを見ても「ポイ捨てしやがって、ひどい奴がいるもんだ」と素通りしてたりしたのですが、よく考えてみれば私が拾ってやればいいだけの話で、それでひょっとしたらゴミも救われるのかもしれません。

で、一日一つ拾う!と決めたら、ゴミを見つけるのがなんだか楽しくなったりして、意識というものは本当に些細なことで変わるもんだと改めて思いました。

「一日一つ」というハードルの低さもまた、私ならではですが、目標が大きすぎて挫折するよりはいいだろうと。やらないよりはいいだろうと。

でも、仮にみんなが一日ゴミを一つ拾い続けたら、ゴミってなくなるんじゃないの?と思ったり。
だって、ポイ捨てする人よりはしない人の方が多いよなあ。そうでもないのか?

というわけで、今は息子のノルマと合わせて二つ拾っています。

ちょうど、妻も同じようなことを考えていたそうで、これから散歩のときにはゴミ袋を持ち歩くそうです。

« 2014年11月 | トップページ | 2015年8月 »