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2015年8月

2015年8月 6日 (木)

私とSO②~ルル・ベル~

https://www.youtube.com/watch?v=W1seYQIZSjc

私が初めて覚えた曲がこれ。

知らない人はとにかく聞いてもらいたいんだけど、基本的にメインMCのDiggyさんがラップとサビ。

Hiさんの歌詞パートはほとんどラップオンリー。

二人の歌詞が微妙に合ってるような、ちょっとバラバラなような、そのバランスも何とも言えません。

で、Sinnosukeさんが曲でその世界観を演出してるって感じでしょうか。

どうやって曲を作ってるのか、本当に不思議。

もう、色んな楽しみ方があります。

まずは純粋に曲を楽しむ。次に歌詞に注目してみる。Shinnosukeのアレンジにも注目してみる。

そして、ついには自分でも歌ってみよう!となるのだ。

歌えるようになるととても快感。

落語の稽古にもなります。少なくとも「寿限無」の名前を言えるようになるよりは、よほどいい稽古でしょう。

また、歌えるようになってその世界観がわかってきたりもするのです。

どんだけ深いんだよ。

この曲は洋楽の曲を元にしているみたいだけど、SOを聞いちゃうと、元ネタはおろか、他のアーティストの楽曲がなんか物足りなくなってしまう。

子供の意見②

前回、何が言いたかったのかというと、子供の言うことに真剣に耳を傾けてみよう。子供を基準に考えようということでした。それがどんな些細なことでも。

なぜかというと、子供のほうが純粋で素直な思考ができるから。

それを忘れた大人は、子供を観察するたびにその純粋さを思い出さなければいけないのではと思う。

...

子供の目から見て「おかしいぞ」ってことでも、大人になるにつれ「別にそれくらいいいじゃねえか」ってなる。

この「別にそれくらい」ってのが積もり積もって、問題が起きている気がする。

で、子供も大人のそんな姿勢を見て育つので、同じ思考になり、新たな問題を起こすか、すでにある問題に自らも加担していくのだ。

子供は未来。子供の言うことに耳を傾けることは未来に目を向けることだと思う。

ついでだけど、平和祈念式典でも子供のスピーチのほうが、直後にしゃべる人よりいいこと言ってたりする。

私は基本的に子供の思考でいることを心がけていて、大人のやることに疑問を抱きまくっている。

すると、だいたい結論が極論になります。大人から見て極端ってだけで、的を得た答えだと自分では思ってるんだけど、極論は極論。自分でも極端だなーと思う。

そこに至るまでにもいろいろあるんだけど、説明がめんどくさいからいきなり人に極論をぶつけてみる。

これはちょっと人を試すような行為なんで、誰にでもは言わない。いや、そうでもないか。でも、真剣に伝えたいときは人を選んでる。

本当の友達か、好きな人、大切な人、理解してほしい人…。

で、反応を見る。私の極論から相手が何を感じてくれるかを見ている。

たぶん、子供たちもそうやって我々を試しているのだと思う。

子供の意見①

中湧別道場に「虫を殺さないで」という子供がいた。

道場内に虫が入ってきても、生かして逃がせというのだ。

「そんなこと言ったって、お前だって肉食ってんだろう。」と内心思ったが、私はそれ以来あまり虫を殺さなくなった。

...

子供のやさしさと純粋さに素直に学ばされたからだ。

殺す必要のない命なら、わざわざ殺すことはない。それは合気道の教えにも通じる。

子供から学ぶことはたくさんある。彼らは我々が失った感性をまだ持っているからだ。だから、私は子供を見下すことはしない。

基本的に我が家では虫と共生するスタイルをとっている。なぜか妻もあまり虫を殺さない。

クモはアーティスト、クリエイターとして尊敬してるので、殺さない。クモの巣が顔につくのは勘弁だし、巣ははらうけど。

テントウムシはよく出る。別に害がないから放置。カメムシも触らなきゃどうってことないので、放置。ハサミムシも同じく。

アリはちょっと嫌かな。でも、基本的に発生しない。

小バエはつぶす。でも、今年は全然発生してない。

睡眠を害するハエと蚊は退治。でも、これらもほとんど侵入してこない。

先日、小さな芋虫みたいなのが出てきて、妻と「なんだろねー?かわいいねー。」と言っていたら、妻の放置していた生ごみから大量発生したウジ虫だったことが発覚して、妻が慌ててゴミごと処理していた。

今はこまめに生ごみ処理をしているので大丈夫です。

生ごみは妻が段ボールでたい肥にしてくれていて、おかげで今年は野菜作りも好調です。

ああ、こんなことを書くつもりではなかった。本題に入るのは次にしよう。

合気道論③

合気道について書きます。

家庭内で怒らないことが宇宙平和の第一歩というのが私の持論だが、家族に対しても腹が立ってしまうことはよくあることだし、理解できる。

そんな家庭にはあるシンプルなルールを設けることをおすすめします。

...

それは・・・

「玄関では必ず笑顔」

これです。玄関てのは家の出入り口だからね。福を呼び込みたかったら、玄関を掃除しろって考えもあるくらいだからね。

どんなに外で嫌なことがあっても、笑顔で帰宅。

どんなに家で激しい喧嘩をしても、家を出るときには笑顔。送り出す方も必ず笑顔。

それだけで全然違うと思う。

家を平安の地にしたい私には妻に対して怒る理由は何一つないのだけれど、夫婦喧嘩は世間的には日常茶飯事だ。

で、お互いムスッとしたまま、どちらかが家を出る時があるけれど…

想像力がねえなって思う。それが今生の別れになる可能性について考えねえのかなって。

だって、もしどちらかが事故で死んじゃったら、ものすごく後味悪いよなぁ。

最後の思い出が喧嘩って、かなり後悔することになりそうだけど、そういうこと考えないのかな。生きてまた会えるのが当たり前だと思ってんのかな。

悔いなく生きるってこういう些細なことだと思う。

というわけで、道場の玄関でも笑顔を心がけるようにしています。

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